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49.『これで最後』『さらさら』『渡り鳥』

 日本の北海道に、 『ワタリ』と呼ばれている女性が住んでいました。
 冬が近くなると徐々に南下し、夏の気配を感じれば北上する。
 そういった一風変わったライフスタイルが、『まるで渡り鳥のようだ』と言われ、いつしかワタリと呼ばれるようになったのです。

 なぜ彼女がそんな奇妙な生活を送っているのでしょうか?
 それはワタリが雪女という事と関係があります。

 雪女は暑さが苦手です。
 真夏日ともなれば文字通り溶けてしまいます。

 気温が下がれば温暖な南の方で過ごすこともできますが、それでも危険なことに変わりません。
 そのため、ほとんどの雪女は北海道から出ることはなくそのまま生涯を終えます。

 しかしワタリは、死の危険を冒してまで南の方へと向かいます。
 しかも毎年です。
 周囲の者が止めるのも聞かず、南へと旅立ちます。

 何が彼女をそこまで突き動かすのか?
 それは、彼女が無類のラーメン好きだからです。
 一日三食ラーメンでも問題ないレベルのラーメン狂で、危険を冒してご当地ラーメンを食べるために日本各地を回るのは、当然の帰結でした。

 雪女はラーメンを食べません。
 ラーメンは熱々なので、体が溶けてしまうからです。
 しかし危ないからと家族が止めても、
「一歩間違えれば死ぬという感覚が、私に生きる実感をもたらしてくれる!」
 と血迷った事を言って、周囲を困らせていました。

 ある年の春の事です。
 その年のラーメン行脚が終わり、北海道の家に戻っていた時の事。
 彼女は体の異変を感じました。

「あれ?
 なんか体が重いや……」

 ワタリは『そのうち治る』と最初は気にしていませんでした。
 ですが、いつまで体調が戻らないことに恐怖を覚えます。

 『ラーメン、知らないうちに溶けていたのか?』
 ワタリは迷いましたが、家族の勧めで病院に行くことにしました。
 そしてワタリを診察した医者の言葉は、死の宣告に等しいものでした。

「食生活の乱れが原因です。
 見てください、この血を。
 さらさらの血液が、こんなにもドロドロするのは普通ではありません。
 即刻食生活の改善を!
 もちろんラーメンは禁止です」

 ワタリは泣きました。
 ソウルフードであるラーメンが食べれなくなったからです。
 ラーメンを食べれないなら生きる意味が無い。
 彼女は絶望のあまり一晩中泣きました。

 そして翌朝、心配する家族の前に姿を現しました。
 家族の慰めの言葉には気にも留めず、キッチンへと向かいます。
 そして家族が見守る中、ワタリはあるものを取り出します。

 インスタントラーメンでした。
 それを見たワタリの母親が叫びます

「ワタリ、いい加減にしなさい!
 死ぬわよ」
「これで最後だから」
「最後って何?
 それを食べたら死ぬのよ!」
「最後だから。
 最後の晩餐だから」
「死んだ方がマシって言うの!?
 ワタリ!
 正気に戻りなさい!」

 こうしてラーメンと共に死のうとしたワタリは、家族に取り押さえられ、ラーメンは食べることはできませんでした。
 しかし隠れてラーメンを食べるかもしれないと危惧した家族は、家の中のインスタントラーメンを全て処分し、近所のひとにも協力を仰ぐという大掛かりな事態になりました。

 そのおかげでワタリはラーメンを食べることが出来ず、健康的な食生活を送り、みるみるうちに体調は改善しました。
 家族は一安心でしたが、納得出来ないのはワタリです。
 大好きなラーメンを食べることが出来ず、不満でいっぱいでした。

 そして季節は秋。
 気温も下がり、今年もまたラーメン行脚の時期がやってきました。
 旅に出ようとするワタリに、はじめは不安の色を隠せない家族。
 しかし今まで我慢したからと、渋々許可をします

「今まで我慢した分。
 腹いっぱいに食べてやる」

 こうして旅に出てラーメンを食べまくったワタリ。
 しかし歴史は繰り返す。
 帰る頃には体調を崩し、再び一騒動を起こすのでした。

6/2/2025, 1:36:13 PM