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「龍は、雨を降らせるからね」


シマは行きつけの中華料理屋のカカウンターに座り、海老のチリソース煮と白飯を掻き込みながら右上に設置されている小さなテレビ画面に目をやり、その台詞を思い出していた。
テレビ画面には所謂お天気キャスターが明日の天気を告げている。ここのところもう二週間以上も連続して雨が続いており辟易していた。

シマは結んでいた自身の髪を左手で解き、ふぅと一息ついた。明るいオレンジ色の髪の毛がふわりと降りる。襟足はちょうど首を隠すくらいの長さがあり、サイドは耳にかかっている。左の耳たぶには銀色の輪のピアスがひとつついていた。前髪は目に少しかかるかかからないかの長さで、そこからブラウン色の瞳が覗く。

「ごちそーさんでした」

手を合わせてカウンター奥にいる初老の男に声をかけた。

「シマちゃんってほっんとイケメンだよね」

初老の男の隣で皿を洗っていた30代半ばくらいの女が顔をこちらに向け感心するようにそう告げた。

「そんなこと言うの、ミヅハさんだけっすよ」

「シマ、いつもありがとな。ところで今、忙しいんだってな」

初老の男が作業を止めてシマが座るカウンターに近づく。

「はい、まぁでも...あと少しで終わりそうです」

シマは建築科に通う大学生で今は卒業制作で忙しなくしている。現に今日も作業場からこの中華料理屋に向かった為、作業服タイプの所謂ツナギ服を着ていた。薄いグレーの作業服には転々と白いインクがついている。

「ご苦労なこったなぁ。身体に気をつけてな」

「ありがとうございます。今日も美味かったっす」



ガラッと中華料理屋の戸を引き外に出る。夜の闇に湿った空気が鬱陶しく、先ほどよりは雨足は弱まっているもののサァーと雨が地面や屋根に当たり雨音をたてていた。
店の傘立てから透明のビニール傘を取り出しそのまま流れるように傘を開き、シマはポケットに手をやり煙草を取り出し火をつけた。ふぅと紫煙を吐き、店の外に設置された銀色の筒状のスタンド式灰皿に灰を落としながら店先から通りをぼうっと眺めた。
雨は到底止みそうになく、先ほどのお天気キャスターが言うには今度一週間は続く見込みだそうだ。


「中国では、龍は神様みたいなもんで、龍が泣けば雨が降るんだよ」


シマは先ほど思い出した台詞の続きを思い出していた。
そう言われたのはもう何年前のことだったか。シマがまだ中学生の頃、近所に住んでいたハタチのお兄さんにそう言われたのだった。この人は一人っ子のシマをよく気にかけてくれ、本当の兄のようにシマも親しんでいた。
だがシマの家が引っ越しをしたのをきっかけに、もう会うことも連絡をとることも自然となくなっていった。

(だとしたらこの雨も、龍が泣いてるせいなのか?)

とんだ傍迷惑な話だな、とシマは思いそしてそんなことがあるわけがないと静かに紫煙を吐いた。


「ねぇ、知ってた?」

シマの右から急に声がしてシマは驚いてそちらを見る。傘に当たる雨音のせいで人が近づく気配を感じ取れなかったのだ。

「龍って実在してんだよ」

あ。
とシマの右手からぽろりとまだ火のついた煙草が下の水たまりに落ちジュッと音を立てた。

シマは隣に立つ長身のこの男のことを昔から知っていた。

何も言えないシマを他所に、雨音だけが響いていた。
雨を降らす雲が陰鬱を吹き飛ばし、闇の間に星を見たような気がした。

2/25/2024, 4:25:19 PM