氷室凛

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 中学を卒業するまで、喧嘩ばかりの日々だった。
 ある人にそれはよくないぞと指摘されて、言われた通りに生活を改めることにした。


 まず、話し方を変えた。粗雑で乱暴だった口調を、丁寧な敬語にすることにした。
 敬語自体はよく使うような環境にいたから、これはそんなに難しくなかった。ただ相手によって話し方を変えるのは面倒で、家族以外は後輩だろうと同級生だろうと、みんな敬語で話すことにした。


 それと同時に、一人称も変えた。今まで「俺」と言っていたのを、「僕」に変えた。
 これは少々難しくて、考え事をしているときの一人称は「俺」のままだから、うっかりそれがそのまま出てしまうこともあった。けれど慣れというのは恐ろしく、1年も経つころには「俺」と口に出すことはなくなっていた。


 最後に、眼鏡をかけた。金縁の大きな丸眼鏡。
 視力は普通にいいからこんなの邪魔になるだけだけど、意外とオンとオフの切り替えに役立った。それに眼鏡をしてると、「おとなしい」とか「頭いい」とか、周りが勝手にキャラ付けしてくれる。俺はそのキャラ付けに従い、クラスで目立たない地味な生徒として生きることにした。


 服装を変え、髪型を変え、全部あの人の言う通りにしてるのに──なぜだろう。

 むかしの自分とは様変わりしたはずなのに、どうしても変わった気がしない。
 喧嘩をやめて、話し方も見た目も変えたのに、俺はあの人を囲む輪には入れない。

 どうして、どうして──俺はあと何を変えればいい?




20240831.NO.39.「不完全な僕」

8/31/2024, 11:12:08 AM