もち

Open App

#澄んだ瞳



アイス買いに行ったんだよね、コンビニまで。
死ぬほど暑かったからさ。

いつも行くコンビニはアパートから5分くらい。
けど品揃えがビミョーなんだわ、あそこ。
だから駅前のコンビニまで頑張った。
そっちは歩いて10分くらい。
チョコミントが食べたかったんだよ。
みんな湿布だのハミガキ粉だのバカにするけど、わかってないな。あのスーッとするのがいいんだって。

自動ドアを出た途端、後悔した。
ダメだ。
暑すぎる。
鍋に放り込まれるタラバガニってこんな気分なのかも。

アイス噛りながら帰ろうと思ってたんだけど、そんな呑気なことやってらんない暑さ。
ビニール剥いた途端みるみる溶けてくアイス。
垂れないように必死で舐めてるうちに、気づいたら、見慣れない路地を歩いてた。


あれ、と思った。
曲がる角まちがえたのかな、って。

住宅街のど真ん中。
ちょっと懐かしい感じのする道だった。
白茶けたブロック塀とか、色褪せたポスターとかから、なんとなくレトロな感じがしたのかもしれない。


チリン、チリン。


どこかで風鈴の音がした。
路地の先からだ。

屋台がひとつ出てる。
屋台と言ってもリヤカーに赤い色褪せたパラソルをさしてあるだけ。
リヤカーの荷台には大きな盥がひとつ。
氷水を張って、青いラムネ瓶がたくさん冷えてる。
ビー玉がぎっしり詰まった瓶もある。
下が膨らんでる、でっかいフラスコみたいな瓶。
ディスプレイ用?
無人販売に毛が生えた程度の屋台だ。小洒落た演出をするようにも見えない。
飲み終わったビー玉を回収してるのか?
ビー玉は色とりどりで、黒っぽいものが多い。あと白。グリーンやブルーもある。強い陽射しにキラキラ光っている。

チリン、チリン。

さっきから鳴ってる風鈴はパラソルの先で揺れてた。

カラン。

盥の中で氷が溶けて、ラムネ瓶が軽くぶつかる。
無性に喉が渇いてきた。

リヤカーの横には、折り畳み椅子をひろげて麦わら帽子のおっさんが1人座っている。
食堂の隅に置き忘れられたような黄ばんだ新聞を読んでいる。

「それ、1本ください」

ラムネ瓶を指して声をかけると、麦わら帽子のおっさんは新聞から顔を上げずに、盥の前を叩いた。
A4の紙が貼ってある。


『✕✕✕✕』


うーむ。読めない。
水滴でペンがにじんだのか、元々達筆すぎるのか。
まあ、どんなにボッタクリでもラムネ1本。タカが知れてるだろ。
500円までなら出してもいいと思ってた。
チョコミントアイスはとっくに棒きれになってる。
とにかく喉が渇いていた。

ポケットへ手を伸ばして、しまった、と気づいた。
スマホしか持ってない。
ダメ元で決済アプリの画面を見せたが、おっさんはチラッと画面を睨んで、面倒くさそうに盥に貼った紙を叩いた。
「買うのか?」と、盥の中からちょっとラムネ瓶を持ち上げて見せてくる。
そりゃ、飲みたいけどさ。
あいにく現金は置いてきてしまった。
仕方ないから、大丈夫です、と首をふった。


諦めて、帰ろうとした時だった。

カラン。

盥の中でラムネ瓶が傾いた。
ディスプレイ用の瓶の中で、ビー玉がコロコロ転がった。
その時、やっと気づいた。
そのビー玉、俺を見てたんだ。

そう。
「見てた」。

ビー玉じゃなかったんだ、瓶の中身。


目玉だった。
人間の。


カラフルだと思ってたのは虹彩で、白い部分は白目だった。
ゾッとした。
全部違う人間の目玉だって、なぜかわかった。
色も大きさもバラバラだから?
この瓶いっぱいにするのに何十人必要なんだろ、持ち主はどうなったんだろって、無意識に考えるのが止まらない。
もう、軽くパニック。
目をそらしたい。けど動けない。
体が凍りついて、金縛りみたいになってた。

だって、わかっちゃったんだわ。
コイツら全員、このラムネ買ったんだって。

瓶の中には青っぽい水が詰まっている。
ぎゅうぎゅうに浮かんだ大量の目玉。
やけに潤いのある虹彩と、少し血走った白目で、じっと俺を見つめてくる。

明らかに、俺に焦点を合わせてた。
目玉ぜんぶが。

「ヒッ」と叫んで、飛びのいてた。
情けない声だったけど、ようやく動けてほっとしてた。
ものすごい突風が路地を吹きぬけて、思わず目をとじた。



目をあけると、見慣れた路地に立っていた。
ラムネの屋台も、麦わら帽子のおっさんも、どこにも見あたらない。


蝉がジージー鳴いている。
むこうの大通りを車が走っている音がする。


あの紙、何て書いてあったんだろうな。
あの時うなずいていたら、どうなってたんだろ。


瓶の中から苦しそうに見上げてた目玉を思い出して、まぶたがチリチリした。
灼けつくように暑いのに、背筋の悪寒が止まらなかった。







7/31/2024, 3:25:48 AM