夢幻劇

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「っまって、!いかないで、」

どこまでも続く白い空間で、幼い自分の小さな背中をみている。あぁまたか、と思いながら見慣れた背中をぼんやりとみつめる。
まって、いかないで。まだ十にも満たない小さき自分を置いてゆく背中、一度も振り返らなかったあの人の顔、ガタガタと音をたてながら引かれるキャリーケース。
どんなに泣いても、どんなに叫んでも、まるで私が幽霊になって存在ごとなくなったかのように、私の声は届かなかった。
あの時はただただ、一度だけでいいから振り返って、なんでもいいから、なにか言って欲しかった。
今となっては、あの人がなぜ振り返らなかったのかわかる。きっと、振り返ることで決心した気持ちが揺らぐんじゃないかと思ったんだろう。でも、それでも、当時の私は、私を見て欲しかった。

あの人が家を出ていったあと、私はあの人の兄夫婦に引き取られた。幸いと言うべきか夫婦には子供がいなかったから、変に意識することがなくてよかった。
住む家が変わって、学校が変わって、少なかった友達と別れて、新しい場所、新しい環境、新しいコミニティへと変わり、私の身体はそれに直ぐに順応した。

最初の方は転校生?なんて名前?どこから来たの?好きなものは?なんて質問攻めにされたけど、うん、まぁ、別に。なんて返答を繰り返して行くうちにつまらないやつだと思われ、自然と人と離れていった。ペアワークは少し困ったけど、ひとりは楽だった。なにより、誰かがが離れていく心配をしなくてよかった。

そんなふうに日々を送って小学校を卒業、中学でも同じように過ごしていた。

あの人のことも最初はどうして出ていったのか、なぜ自分は連れて行ってくれなかったのか、と悲しみと怒りが交互に湧いたのがそれに段々疲れて、暫くはさっきのように夢に見ることだって多々あった。でも今の生活に慣れていき、もうどうしようもないと悟った小学校高学年のときにはもう、あの人のことは頭の隅の方へ押しやられていた。

それなのに、最近やけにあの夢を見る。二度と振り返らないあの人の背中を、見つめ泣きわめくしかできない自分。

思えば散々振り回されてきた。もう、解放して欲しい。

それでも、毎晩毎晩あの夢をみる。起きたら頬が濡れている。寝たくなくて睡眠時間が削れる。常に寝不足で、元々悪かった目付きが余計ひどくみえた。

あの人は自分の好きなようにした。私も好きにさせてよ、

誰に向けてか分からない独り言が胸の中で沈んでく。

寝不足と疲労。平気だと言い聞かせてた身体が悲鳴をあげた。急に地面が近づいて、倒れた、と思ったところで意識が切れた。

気づいたときには見慣れない保健室の天井で、夕焼けチャイムが響いてた。

最悪だ。どうしてこうなんだろう。自己嫌悪に陥る寸前、ドアが勢いよくガラッと空いた。



【まって】
続きどうしよう

5/18/2025, 10:53:08 AM