ななし

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17.終点 だいやち

ついにこの時が来てしまった……。そう、親への結婚のご挨拶だ。今回は私の母に挨拶をしに行く。結婚相手である大地さんの実家には来週末伺うことになっている。
少し気の強い母のことを思うと母の住むマンションへ向かう足取りがちょっとばかり重たくなる。太陽が見せかけだけの温もりを振りまく中、冷たい北風が吹き抜けていった。




目の前に迫った玄関の扉が、かつては私に家に帰ってきたという安心感を与えてくれるものだったのになんだか恐ろしいものに思えてくる。
緊張して震えそうな足に力をいれ、斜め上に視線を動かすと少し硬い顔をした大地さんの顔が目に入った。

(そっか。大地さんも緊張してるんだな)

そう思うともうちょっと踏ん張りが効くようになったと思う。

「じゃあ、いくぞ」

大地さんの言葉に頷くと横にあるインターホンが押された。いよいよ逃げ出すことも出来なくなってしまった。
暫くすると玄関のドアが開きお母さん……ではなく昔から馴染みがあるお母さんの部下の佐藤さんが顔を覗かせた。その事に驚きつつ、ここに突っ立っている訳にも行かないので玄関に入った。
お母さんは玄関の中にいて、家に入ってきた私たちを一旦は歓迎して部屋まであんないしてくれた。

「はじめまして澤村大地と申します。こちらお好きだと伺ったので」

大地さんは顔に作った笑顔を貼り付けて手土産を渡していた。勧められるままソファに腰掛けるとお母さんと佐藤さんが机を挟んだ反対側に腰を下ろした。どうやら佐藤さんも参加するらしい。

「すみませんが僕も参加させてもらいますね。ああ、僕は佐藤一平と言います。よろしく」

そこから暫くは雑談をして、話も途切れてきた頃を見計らって大地さんが本題を持ち出した。

「仁花さんと結婚したいと思っています。2人の結婚を許していただけますか?」
「わ、私からも……お願いします!」

その言葉を聞くとお母さんの顔が少し険しくなったように思う。

「そうね……。澤村くんは警察官なのよね?私は仁花からまだデザインの仕事は続けたいと聞いているのだけれど、その辺話はできているのかしら。まあそれに限らず今後のことはしっかり詰められているかしら」
「はい。仁花さんの気持ちも共有できていて、仁花さんの気持ちを尊重することになってます」

大地さんは緊張した面持ちでただしっかりとそう答えるとお母さんはこちらに顔を向けてくる。

「私も、警察官の特性だったり不安定さは理解してるし大丈夫だよ」


そう言い切ると、大して喋った訳でもないのにとてつもなくかわいてしまった喉を潤すべく出されていたお茶を飲む。ほっと一息、と落ち着く間もなく新しい問いが投げかけられた。

「確かに互いの思いを尊重するのも大切だけど行き過ぎて疎遠になったり、居心地が悪くなったりしたらどうするの?それこそ浮気とか」
「いえ、尊重するからって放置したり遠ざけたりはしませんし、浮気なんかさせません」

お母さんの発した浮気という言葉に私が反論する前に大地さんが素早く言い切った。

「仁花は私のものだ!ってそういうことかしら」
「ええ、まあ。そういう感じです」

お母さんがニヤリと言う言葉がぴったりな表情でそういうと、大地さんは訝しいといったようにそう答えた。

「なるほどね。じゃあ、あなたは仁花を貰えるわけだけど仁花は何を貰えるのかしら?」

お母さんの言葉を聞き焦った佐藤さんがお母さんをなだめようとする。

「わ、私は大地さんの全部を貰うんで大丈夫です!」

私の言葉にだいちさん含め全員が驚きこちらを見て固まってしまった。

「そ、そう。まあそうね。今日実際あってみても今まで仁花から聞いていた通り誠実でいい人そうだし、仁花が幸せになれるなら私は大賛成よ」

何とか言葉を発したお母さんは1呼吸おいてからそう言って微笑んだ。

「ふぅ」

緊張の解けた私はやっと体から力を抜くことが出来た。ふと視線を感じ横を向くと大地さんがこちらを見て微笑んでいた。
恥ずかしくなってお母さんたちの方を見ると少し泣きそうになっているお母さんを佐藤さんがなだめていた。



「それじゃあ結婚式楽しみにしてるよ」

私たちを玄関まで送ってくれた佐藤さんは笑顔でそういってくれた。

「それじゃあ失礼しました」

外に出ると冷たい北風がふいてきたが、今回は体のうちから湧いてくる暖かさによってあまり冷たく感じなかった。


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2人が帰ったあと

佐「僕は大丈夫だ思ってましたけどね」
母「何よ、このこと聞いた時からずっと心配してたく 
  せに」
佐「円さん、目が涙で潤んでますよ」

8/10/2024, 2:04:59 PM