しおしおん

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ざぁざあ、水が落ちてくる。



バイトの帰りに突然大雨降られたもので、急遽、雨宿りをしている。駆け込んだ場所は、シャッターの降りた定休日の花屋だった。人の邪魔にもならず、雨が止むか、緩むかを待ち続けることができる。これだけ激しい雨なら通り雨だろうと自分に言い聞かせ、濡れた足を見る。今日もまたイマイチ運のない自分を恨んだ。


雨が止まないなか、ふと、考えつく。擬音だけで状況を表せるのは日本語だけという可能性。オリジナルの擬音を作れば、表現の用法が広がるのではないか、それとも、細いコマをランダムに並べれば雨に見えるのではないか、などのくだらない妄想をするにはピッタリの状況である。いいや、やめよう。もう諦めたのだ。才能のない脳では食っていけないと。


その言葉で思い出したかのように、背中にしょった無駄に大きなリュックの中からB4サイズの茶色い封筒を取り出した。しまった、入れっぱなしだったのかと今になって思い出す。水によって変色していないかを確認した後、暇つぶしにと中身を取りだしてみる。中身は、私が書いた漫画の原稿だ。数週間前に出版社に持っていった原稿そのもの。あの時はめちゃくちゃ酷評された。


「キミのは売れないよ、単純に面白くないんだもの。」


自信作を選び、努力し、手を汚した日々を否定した
この言葉が1番くらった。


ただ、流石はプロの漫画家を支える編集部。改善点をあっという間に伝えるだけで、私の作品はよりランクが上がった、という結果を残した。それが、作品がおもしろくないテンプレ通りだったからなのか、編集者の頭の回転が早かったからなのかは未だに分からない。前者だったらと考えるだけで気分が沈んでしまう。


ひとつ、ひとつ、知っているページをめくる。綺麗に描けた場所、改善が必要だったバランス、全てを抱きしめるような感覚でめくっていった。世界の色を奪った邪龍を、勇者が成敗しに行く物語。
私のせいで、くだらないと言われた物語。


どしゃどしゃ。邪竜の怨念を押し出してくる。


「色が何をくれたのだ。黒龍の私を畏怖した愚か者は私に赤黒い傷のみ与えたのだ。こんな事が許されるとでも?」


色を奪った邪竜は、格下の人間に傷をつけられたことが玉に瑕であったのだろう。己のプライドのために、世界を犠牲にできる力を携えておきながら。


ざぁざあ。主人公が流れを変える。


「それはお前が人の命をおもちゃのように扱い、殺し続けてきたからだ!!白黒の世界なんて、オレが全部壊してやる!!」


7色の剣を掲げ、邪竜に突き刺す。
邪竜を倒し、世界には色が戻り、平和になる。
これが白黒の原稿では読者に伝わりにくかったのだ。
良く考えれば、分かっていたのかもしれない。


ぽつぽつ。なんやかんやで主人公がハーレムを作った。


…うーん。ちょっと詰め込みすぎたかも。
ヒロインがちょっと目立たなくなってる。
主人公も嫌な奴に見えるかもしれない…。


そんな反省点を考えながら、ハッとして前を見る。
本当に通り雨だったのか、少しずつ空が見えてきた。
こんなに時間を浪費できる能力があったなんて。
もうそろそろ帰らなくては。素早く片付けを済ませ、


濡れた足で自宅へと駆け出した。


雨に佇む

8/27/2024, 5:29:05 PM