すゞめ

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いたしてはいませんがいつもより肌色強めです。
苦手な方は『次の作品』をポチッとして、自衛をお願いいたします。
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 放課後。
 教室から出ようとすると、3人の女子に机の周りを囲まれた。
 真ん中に立っていた女子が俺の机に両手を置いて身を乗り出す。

「ズバリ! 鷹梁(たかはし)って好きな人いるの?」
「いるよ」

 間髪入れずに答える。
 3人の少し後ろに立っている女子の肩が揺れた。
 残念ながら俺は鈍いタイプではない。
 全国大会常連の強豪校のレギュラーかつ1年のときから副部長を務めている俺にとって、それは初めての経験ではなかったからだ。

「え、ウソ!? 誰? だって鷹梁、年上の彼女と別れたばっかりだって言ってたじゃん!?」

 つき合っていた彼女と別れたことと、好きな人がいないことはイコールにはならない。
 むしろ好きな人ができたから、別れてもらったのだ。
 もちろん、そんなこと当人には口が裂けても言えないが。

「内緒」

 体よく煙に巻くための口上だと思われても、当然、彼女たちにも教えるつもりはない。
 そして、本人にも俺の気持ちなんか知ってもらうつもりなんてなかった。
 呆気に取られているクラスメイトを前に俺は立ち上がる。

「要件それだけ? 部活始まるからもう行かないと」
「え、いや。ちょ、鷹梁っ」

 その声には聞こえないフリをして、俺は教室を出た。

   *

 甘ったるく湿度を残した寝室。
 俺には少し窮屈なベッドサイズ。
 柔らかすぎる枕に、上質なタオルケット。

 この幸せに満ちた空間の中で、一気に熱を吐き出して気だるさを残した体を整えた。

「一生、伝えないつもりでいたんだけどな……」
「? なにを?」

 声に出すつもりのなかった言葉が漏れ出る。
 こんな意味深なことを呟けば、彼女に食いつかれるのは当たり前だ。

 しかし、喉が潰れてしまったのか、彼女の声に音が乗っていない。
 俺のせいで掠れた声を少しでも潤すために、未開封のペットボトルを渡した。

「とりあえずどうぞ」
「ありがと」

 余韻を残した細い腰を支えて彼女の体を起こす。
 重力に身を委ねたタオルケットが、先ほど全て暴いて汗ばんだ彼女の上半身を露わにした。
 倦怠感と睡魔に苛まれている彼女の意識は、手元にあるペットボトルに向いている。
 しどけない姿をガン見する俺のことなど、気にするそぶりはなかった。
 ペットボトルのキャップが小気味よく音を立てたあと、口元に運ばれていく。
 逆さまに向きを変えたミネラルウォーターが、トプトプと彼女の喉に通っていった。

「少しはマシになりましたか?」
「……誰のせいだと……」
「俺ですね♡」

 悪びれることなく答えたら、彼女が睨みつけながらペットボトルのキャップをギチギチに閉める。

「あなたの声は腰にくるのでつい夢中になってしまいました」
「……」

 からかいを含めたその言葉に、彼女は肩を揺らしたあと唇をきつく引き結んだ。
 その下唇に歯を当てている気がしたから、余熱の残っているであろう耳朶を食む。

 俺の想定以上に熱がこもっていたらしく、艶のある声が弾けたと同時に、手にしていたペットボトルがシーツの上に転がった。
 薄い膜を張って潤んだ瞳はもう一度瞬きをすれば、涙珠となって溢れてしまいそうである。
 もどかしそうに逃げ出そうとする彼女の肩を抱き寄せて、枕元に倒れ込んだ。

「ね、……もっ……」
「しませんよ。体、キツそうですし」

 あからさまにホッとされると複雑ではある。
 捲れたタオルケットをかけ直して彼女を抱きしめた。

「……推しにガチ恋しているくせに俺を好きになる推しは解釈違いもいいところだったし、俺を好きになるとかそういう仮説を立てている時点で妄想力もここまでくると救えないなと自己嫌悪して。そのクセ日に日に拗れていく対抗心や痛々しく膨らむ独占欲を自覚しては、なに様だよと自分の面の皮の厚さにあきれて100年くらい眠っとけと思うわけで」
「…………急になんの話?」
「あなたが好きだという話です」
「なにそれ……」

 素直に照れた彼女は、俺の腕の中でグリグリと額を押しつける。
 その後頭部を撫でながら、今さら信じてもらえないであろう事実を伝えた。

「これでも、本当は墓まで持っていくつもりだったんですよ?」
「説得力持ってきてからどうぞ」

 案の定、彼女はクスクスと肩を揺らす。

「あなたが軽率に別れたとか言うからです」

 きちんと信頼されているからとか、器の小さい男ではないとか惚気ながらごまかしてくれればよかったのに。
 タチの悪いナンパが相手だった場合、あんな防御力ではペロッと食べられてしまいそうだ。

 しかし……。


「……俺を好きになってくれて、ありがとうございます」
「どういたしまして」

 先ほどと変わらず楽しそうに笑う彼女が俺の腕から抜け出して、枕元まで上がってくる。

「で、合ってるの? これ?」
「合ってますよ」

 視線を絡めて互いに微笑んだあと、軽くキスを交わす。

 欲を言えば彼女からの言葉も欲しいところだ。
 しかし、俺と同じ高さになった彼女の視線。
 今さら手放せる気がしないこの幸せな距離感を、今は噛みしめることにした。


『secret love』

9/4/2025, 12:07:56 AM