せつか

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彼が死んだ。
画家である彼の死は画商でありスポンサーであり友人である私にとって、自分の中の世界が一つ滅んだに等しいことだった。
天涯孤独だった彼のアトリエは私が片付けることになった。形見になりそうなものを探しながら、数ヶ月かけて遺品を少しずつ整理していく。
画材、イーゼル、無地のキャンバス。それ等は仲間の画商に譲り、油絵の具が載ったままのパレットを譲り受けることにした。

赤と白と青が多く載ったパレットは、彼の描く作品世界そのものだった。
彼は何を描いてもこの三色で表現していた。
高層ビルも、木々が生い茂る森も、実在、非実在を問わない数々の生き物も、彼はこの三色で作られる色のみで表現していた。
幻想的ともいえる彼の作品は一部に熱狂的な支持を得て、彼が食べていけるだけの収入を得ることに繋がった。私は彼の作品が評価される事、そして彼という才能を最初に見つけたのが私だという事が誇らしかった。

彼のアトリエには描きかけの作品が二つあった。
キャンバスに被せられた白い布を取り去った時の衝撃を、なんと言い表せばいいのだろう。
一枚は彼の作品らしく赤、白、青の三色で構成された私の肖像画。
そしてもう一枚は·····黒一色で描かれた彼自身の肖像画だった。
「·····」
彼の肖像画は目の周りだけ滅茶苦茶に塗り潰されている。薄く開いた唇は不安を訴えているかのようで、真っ黒な穴が彼の虚ろを表していた。
〝君と見た景色が見えない〟
自画像の隅に見つけた小さな走り書き。

そこで私は真実を見る。
彼の作品は幻想などでは決してなく、すべてがその色で見えていたのだ。
「――」
私が美しいと感じた世界は彼にとって美しかったのだろうか?

分からない。
長くそばにいながら私は、彼のことを何一つ理解していなかった。


END


「君と見た景色」

3/22/2025, 6:13:21 AM