ザッ……
『つい……た。』
重い足で思い切り大地を踏みつけた。
目の前には、日の出に照らされた山々。
俺が一番見たかった景色。
この数年間、たどり着きたかった場所だ。
かつて雑誌で見たのと比べて何倍も綺麗だった。
ドサリ、と背負っていたリュックサックを地面に置く。
長い旅をしていたわけなので、相当な重さはあったのだろう、体がだいぶ軽くなった。
『よっこいしょ……うわぁっ』
腰掛けようとしたが、歩き続けていたせいで足がふらつき体制を崩しそのまま倒れ込んだ。
仰向けに倒れたので、目の前には若干白くなってきた空があった。
雲がちらほら見えるが、きっと今日も快晴だろう。
今日という一日を、来たかった場所でようやく迎えることが出来た。
なんて最高な日なんだ。
季節や場所の関係でとても寒いはずなのに、心はとても温かい。念願の場所へ来られて、胸がいっぱいだからかもしれない。
『あぁ、そうだ。』
ゆっくりと起き上がり、さっき置いたリュックサックの元へと這っていく。
体の限界はとっくの昔にこえていて、もう立ち上がることも出来なかった。
リュックをガサゴソと漁ると、一つの錠剤が出てきた。
『……もう、最後か。』
錠剤をプチプチと取り出し、口の中へ放っていく。
少しだけ残しておいた水も一気に煽り、ゴクリと飲み込んだ。
一息ついて、改めて景色の見える所へと腰を下ろした。
俺は重度の心臓病を患っている。
旅の途中で気づき入院も勧められたが、この場所に行きたいから、と断った。
何を馬鹿なことを、と思われるかもしれないが、それくらいたどり着きたかった場所なのだ。
数年前。
働いていた会社の業績悪化の末、倒産。
もちろん俺は無職になって、当時一緒にいた家族からも見放された。
元々家庭を顧みなかった旦那だ。
生活費を稼ぐしか役割がなかったのに、それすらも全う出来なかった俺にはもう居場所は無かった。
家も売り、どこかで新しい生活を始めようと考えていたその時、一冊の雑誌と出会った。
それは写真の雑誌で、その中にここの景色があった。
守る家族も頼れる親戚もおらず、もう人生に未練もなかった俺はこの場所に向かうために一人旅を始めたわけだ。
もう俺がこうして生きる理由は、この景色を見るだけになっていた。
正直、この景色を見たあとは、自分の命なんてどうでもいいと思っていたからこそ、こんな無茶ができたのだと思う。
入院を断り、本来は安静で休んでいなきゃ行けないところをこうして水分食料もまともに補給せずに歩き続けるなんて、病人がやる事じゃない。誰にでもわかる。
体は思うように動かず、視界もだんだんぼやけてきた。
きっともう、手遅れだろう。
ろくに治療もせず体にムチを打って、助かるほど人生甘くない。
目的は果たした。もう俺は充分楽しかった。
強いて言えば、あの家族が幸せに過ごして行けるのかどうか、それだけが心残りだった。
どうか、笑顔で、過ごしてくれますように……。
そう神様に願ったところで、俺の意識は途絶えた。
#旅路の果てに
2/1/2024, 9:40:26 AM