sairo

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人波をすり抜けるようにして駆け抜けていく、小さな影。普段ならば気にも留めない誰かの急ぐ背中が、何故か目を引いた。
今日は特に予定がある訳ではない。これも何かの縁だと、影を追うように駆け出した。



「あの」
「っ、誰?」

何かを探すように辺りを見回すその影に、声をかける。それに返る声は警戒を滲ませ硬い。

「何かを探しているようだったから。急に声をかけてごめんね」

不用意に声をかけてしまった事を少しばかり後悔する。敵ではないのだと伝えるにはどうするべきか悩みながら、一歩だけ影に近づいた。
表情の凪いだ、それでいて刃のように鋭い目と視線が交わる。小柄で華奢な少女には、随分と不釣り合いだ。
不意に、少女の目が僅かに見開かれ。鋭さに戸惑いが滲んで、くらり、と揺れたような気がした。

「――せんせい?」

微かな呟きが、鼓膜を揺する。それが誰なのか問う前に、少女は目を伏せて首を振った。

「何でもないです。気にかけてくれて、ありがとうございます。でも、大丈夫ですから」
「探しているのは、その先生?」
「違います。せんせいはかみさまだから、きっと大丈夫。だけど」
「探しているのは、貴様の兄か。どうやら面倒事に巻き込まれているようだな」

背後から聞こえた声に、振り返る。険しい顔をして腕を組んだ彼が、見定めるように少女を見ていた。

「黄櫨《こうろ》」
「なに、神様」
「その娘を、我の元まで連れてこい」

何故、と少女がか細い声を上げる。その目には鋭さはなく、困惑と微かな驚愕に揺れていた。

「せんせいではないのに、せんせいがいるみたい…あなたたちは、一体誰?」

泣くように歪んだ表情に、安心させるため笑いかける。
怖くないよ、と手を差し伸べた。

「はじめまして、私は黄櫨。神様の…御衣黄様の眷属だよ」
「けんぞく…?」
「一緒に来てくれる?あなたの探している人を見つける、手助けにもなると思うから」

少女の目が、迷うように揺れて。
怖ず怖ずと、差し伸べた手を取った。





「兄の、行方が分からないんです」

調《しらべ》と名乗った少女は、そう言って力なく目を伏せる。
社務所の一室。少女の話を聞き終えて、隣で佇む彼の様子を伺った。彼は何も言わない。少女を見据えたまま、金の瞳が揺らめいた。

「もう一ヶ月近くにもなります。生きてはいるはずですが…どうしても見つからない」

兄が消えた。家にも学校にも、どこにもいない。
そう訴える少女は、膝の上に置いた手を握り締める。縁を辿って方々を探しているようだが、それも限界なのだろう。

「心当たりはないの?」

握り締めた手に力が籠もる。顔を上げた少女の目は泣きそうに歪んでいた。

「――あります。ですが、兄との約束で直接関わる事は出来ません」
「構わん。貴様の兄とやらは、蜘蛛の元には居らぬからな」

険しい顔をして、彼は断言する。
何か、見えたのだろうか。

「死す事はないだろうよ。随分と巧妙に隠されたものだ。我の眼でも視えぬ」

隠された、という事はつまり、誰かが関与しているのか。それは少女の心当たりであるらしい蜘蛛とは、別の誰かなのだろう。
敵ではない。断言は出来ないだろうけれど、そう思う。そうであって欲しいと、思っている。

「黄櫨」

険しい顔のままの彼に呼ばれ、視線を向ける。

「お前は、何を望む」

問われて、少女を見る。兄が生きているという安堵と、けれど誰かに隠されて何処にいるか分からないという不安で、今にも崩れ落ちてしまいそうだ。
今日出会ったばかりの、見知らぬ少女。調という名前以外には何も知らない。
少女の兄。蜘蛛。そして先生。

「神様の言う蜘蛛は、危険なの?」
「そうだな。ここで黙したままでいた所で、いずれ蜘蛛の糸がそこの娘だけでなく、黄櫨にも絡みつくだろう」

彼の答えを聞きながら、考える。
少女は何も言わない。倒れそうになりながらも、助けを求めて手を伸ばさずに、一人で必死に耐えている。
彼を見た。答えを待つ彼に、笑ってみせる。

「私、この子とお友達になりたいな」

息を呑む音。それに敢えて気づかない振りをして、彼に望む。。

「友達のお兄さんを一緒に探したい」
「――黄櫨がそれを望むのであれば、拒む理由はあるまいよ」
「ありがとう、神様」

不本意だという顔をしながらも否定しない彼に礼を言えば、どうして、と微かな声がした。
振り返り、少女と目を合わせる。泣きそうに揺らぐ黒曜の目を見つめて、安心させるように微笑んだ。

「そういう訳だから。一緒にお兄さんを探そう?」

はじめましてをした時と同じように手を差し伸べる。
迷う目が手を見つめ、どうして、と繰り返す。

「今日初めて会ったばかりなのに、何故危険を冒そうとするのですか」
「あなたの事が知りたい、って思ったの。そして友達になりたくなった。それだけじゃ、理由としては不十分?」

首を傾げて問いかければ、少女は緩く首を振る。顔を上げ、澄んだ黒曜がこちらを真っ直ぐに見返した。

「ありがとう」

小さく呟いて差し出した手に、手を重ね。

「はじめまして、調です。兄を一緒に探してくれる事、とても嬉しいです」

微笑んで、重ねた手をしっかりと握った。



20250401 『はじめまして』

4/2/2025, 9:58:04 AM