Natsuha

Open App

だから、一人でいたい。
僕は一人でいることが好きだ。
それが高校でも家でも場所は関係ない。クラスメイトがいじめをしてくるわけでもないし、親が暴言を言ってくるわけでもない。けど、自分の殻に閉じこもっていることが僕にとって楽なのだ。
僕は今日も部屋にいる。
テレビではあるドラマが流れていた。僕はドラマなんてものほとんど見たことがない。けれど、そこにでてきた学生役の彼、太陽のような笑顔をしていて主人公と言う言葉が頭に浮かぶ。きっと彼のような人のためにある言葉なのだろう。気づけばその人に釘付けになっていた。僕はすぐに彼の虜になった。彼は俳優ではなくアイドルだったが、僕は彼のようになりたくて少しでも変わろうとした。上京するために独り暮らしを始めて、俳優育成オーディションを何十社と受け、やっと受かった場所、この場所では僕は自分の殻に閉じこまらなかった。そこから何年かして、CMやドラマの脇役のオファーが来るようになってきた。僕の元気なところやころころ変わる表情が可愛いとファンの人も増えてきてとても嬉しかった。けど、本当の僕は表情もそんなに変わらないし、元気なわけでもない。そんな複雑な気持ちの中で、ダブル主演のドラマのオファーが来た。こんな気持ちで僕に務まるのだろうか。とりあえずはやっと主演という役をもらったのだから一緒懸命頑張ろうと意気込んで、扉を開け、「今日からよろしくお願いします!」とお辞儀する。顔をあげると、もう一人の主演の方と目があった。まさか、そんなわけがない、そんな偶然が…僕が混乱してその場から動けないでいると、
「こっちやで!」声をかけてくれた主演の人。いや、僕の憧れの彼がいた。やっとの思いで席につき、話し合いが終わる。
「このあとちょっと飲みに行かへん?」彼が声を彼けてくれた。
上京して今まで、友人と呼べる人も話せる人もとくにいなかった僕にとって、声をかけて頂けて嬉しさでいっぱいだった。
彼はお気に入りのバーがあると言い、そこに僕を連れて行ってくれた。
「俺のことはひかるって呼んでや」
いつもの僕の憧れた笑顔ひかるさんは僕に言う。
「ひかるさんでもいいですか?ひかるさんはずっと僕の憧れで、その…呼び捨てで呼ぶなんて恐れ多くて…!」
「なんやそうやったんや!全然いいで!」
やっぱりこの人は表も裏もなくて、どこでも明るいんだ。僕とは大違いだ。なんてことを考えていると、僕の前に夜空のような藍色のカクテルが置かれた。氷にライトが反射して星のように輝いている。
僕達はほとんど話すこともなくカクテルを飲んでいた。
久しぶりにこんなに飲んだせいで僕はぽつりぽつりと心の中で思っていたことを口に出した。
「本当は僕、みんなが思ってるみたいに表情豊かでもないし明るくもないんですよ。それなのにそれで可愛いとか言われて喜んでいいのかわからなくて…しかも本当は一人で殻に閉じこもってるのが好きなんです。僕は俳優なんかになっちゃいけなかったのかなってふとした時に思ったりして、馬鹿みたいですよね。こんなやつがひかるさんに憧れたなんて」
ははっと乾いた笑いをひかるさんに向ける。
「そんなことないんちゃう?別に殻に閉じこもっててもいいと思うし、オンオフもしっかりできてるやん?俺も先輩からダメ出しされるときもあるし、普段めっちゃ明るいってわけでもないし、私生活の事とか言わなさすぎて怖いって言われたりもしてるし、誰でもそういうことあるんちゃう?自分のこと完璧に理解してくれる人とかおるわけないやん?」
いつもの笑顔ではなく、少し真剣な顔で答えてくれる。あぁ、やっぱりどこまでもこの人は僕の憧れの人だ。僕が自分の殻に閉じこもることを否定するわけでもなくて、オンオフがしっかりできてると褒めてもくれた。憧れの人にこう言ってもらい僕はあらためて思った。
僕は、一人でいてもいいんだ。

2024/7/31 No.1

7/31/2024, 2:25:16 PM