湖の底から、星屑みたいな君の骨を掬い上げた。
美しい夏の朝に、君は一人出ていった。まっさらなシーツを床に落としたまま、靴も履かず、僕のほうを振り向きもせずに。
生意気な声、柔らかい唇、耳たぶの薄さ、君がいたときよりにも深く濃く、僕は君のことを考える。
歳月が流れて、湖から身元不明の白骨があがったと耳にしたときも、ただ君のことを思い出していた。
出会った頃よりも痩せた君の背中は血の気がなくて、骨が生白い皮膚から浮き出ているのが服越しにも伝わるのだ。薄い月明かりの下、珊瑚の死骸のような身体はいつも冷たかった。僕はそれを指でなぞるのが好きだった。
生きている。君は生きている。
君はこの広い大地のどこかで息づいている。
君がいなくても、世界はいつも美しかった。君がいなくなった夏の日のように、エメラルド色の木漏れ日が僕の肩を透かし、蜘蛛の巣にかかる朝露は、宝石のようにきらめき震えている。
君はどこかで生きている。
つんとした顔、あどけない頬の思いがけない柔らかさ。この掌にかかった息のぬくもり、今もすべてここにあるのだから。
夜の水面のような歳月が過ぎた。
余命が幾ばくもなくなってから、僕はふと、あの湖へ訪れる気になった。
家族のみなが寝静まった頃、ひっそりと浴びた夜風の心地よさを僕は死ぬまで忘れない。
月夜に沈む湖は、僕を優しく迎え入れた。
鎖骨のあたりまで水に浸かると心臓の動きが鈍くなる。素足に固いものが触れて、そっと掬い上げたときに、あの夏の匂いが甦った。
濡れた小石に混ざる白い欠片。
掌に伝わるこれは、君の骨だとすぐにわかった。
薄い皮膚の下に隠された君の脊椎を、僕はよく想像した。いつか触れてみたいと思っていた。
なぜ、君は出ていってしまったのだろう。
遠くの月は沈み、もうすぐ夜が明ける。
君がいなくても、僕の心臓がとまっても、
あの夏のように美しい世界は訪れる。
君は生きている。
僕と一緒に生きている。
『僕と一緒に』
9/23/2025, 1:12:29 PM