『衣替え』
家内が亡くなって初めての冬。肌寒くなってきたので厚手の上着の発掘に乗り出すものの、普段の生活はもちろん衣替えも自分ではしたことのない私にはどこを探せばいいのか検討がつかない。総当たりの構えでようやく見つけ出した手編みのカーディガンを羽織ってみると身に覚えのある暖かみが体を包んだ。私の知る家内の趣味のひとつが編み物で、冬に身に纏うもののほとんどは彼女のお手製だった。
いるものもいらないものも入り混じる押し入れには手つかずの毛糸が至る所に見えていたが、そのひとつがころりと転がって頭に当たる。手に取った毛糸を戻そうとした私はふと思いついてそれをやめ、インターネットで編み物の始め方を検索した。家内がよく使っていた道具箱を漁ってかぎ針を見つけ、動画を見ては編み、間違いに気づいて解きを繰り返す。毛糸が毛糸のまま時間が過ぎたことも多々あったが、積み重ねは知識となり技術となり、覚束なかった手元はそれなり様になっていった。
そうして出来上がったのは簡単な編み方でもできる不格好なマフラー。家事をこなしつつもひと冬に私や孫たちになにかしらの服や小物を作っていた家内は自分のことは後回しにしていたなとふと気づいてから思ったよりも時間がかかってしまった。
「編物って大変なんだな」
仏壇にマフラーを供え遺影を見つめる。
「でも人のために作るのは楽しいでしょう?」
家内がそう尋ねてきた気がする。
「うん。まあ、そうだな」
そうして私に新たな趣味ができ、今は技術の研鑽に邁進している。
10/23/2024, 4:18:27 AM