ゆかぽんたす

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音楽室のピアノの前に彼女はいた。座っているだけで弾く素振りはない。僕の立っているところからだと顔は見えないけど、きっと泣いてるんだろうな。
「おつかれさま」
僕の声にはっとした彼女は勢いよく顔を上げる。でもこっちを向こうとはしなかった。
「探したよ。帰ろう?」
「……うん」
返事はしたけど、彼女は立ち上がろうとしなかった。再び鍵盤を見るように俯く。
「ダメだった。選ばれなかった」
「そっか」
「でも、全力出し切ったから、いいの」
「なら、自分を褒めてあげようよ」
「でも……くやしい」
学内で1人しか選ばれないのだから、それはそれは狭き門だ。ピアノなんてさっぱりな僕でもそれくらいは分かる。課題曲なの、と言って今まで毎日僕に聞かせてくれたあの曲の難しさも、なんとなく分かる。でも、君が選ばれなかった理由は僕には分からない。技術的な点数配分なのか、審査した先生のフィーリングもあるのか、それは分からないけど。
「君の演奏は間違いなく素晴らしかった。僕の心が震えたもの」
彼女の背後にそっと立って肩を抱く。震える華奢な肩が愛おしくて。ゆっくりと彼女の顔を覗き込んだ。涙でぐしゃぐしゃの顔がこっちを向いた時、自然とキスをしていた。
「次は、負けない」
「うん。君なら絶対大丈夫」
僕の言葉に彼女はほんのり笑った。頬から流れるその涙がすごく美しいと思った。

1/17/2024, 9:22:12 AM