【安らかな瞳】
 四〇八号室。今すぐにでも中に押し入りたい気持ちを抑えて、インターホンを押す。
 ピンポーン、昼下がりの4階に無機質な音が余韻を残す。彼女は出てこない。
 合鍵で部屋に入る。静まりかえった部屋は時が止まっているみたいだ。
 逸っていた心を灰色の沈黙に宥めすかされ、僕は冷たくなる。
 寝室の扉を開けた。
 アパシーが僕を護っているのだろう。最も恐れていたはずのそれに、僕の心は揺れなかった。
 彼女は寝息も立てず、静かに眠っていた。
 その瞳に映る地獄を瞼で消し去って、きっと安らかな瞳で眠っている。
 僕はとうとう一度も見ることの無かったその瞳で、眠っている。
3/15/2024, 10:40:52 AM