「いや、待て。その方向はダメだ、やめてくれっ! ああ、なんてことだ……奴らはまっすぐに、『街へ』向かっているっ!」
旅装の男はその場にがくり、と膝をついた。
上空、晴れた青空を飛び行く、二頭のドラゴンを──彼は、なす術もなく見送るしかない。
彼の生涯で初めて見た二頭のドラゴンは、その赤いウロコの色からひと目で、ファイヤードラゴンだとわかった。
人の二倍ほどの背丈。その大きな翼は広げただけで突風が起こり、木は薙ぎ倒され。口からはその名の由縁、ドラゴンの魔力で編まれた火炎を吐くのだという。
まさに、災厄──そんなモノがいま、あの街へ向かえば。
例年冬が厳しいあの街にも、先日からの大雪は容赦なく降り積もったはずだ。
ドラゴンから逃げるにしても、雪に足を取られてしまう……まぁ、逃げられるだけの余裕があれば、の話だが。
「……なにか。出来ることが、あるはずだ」
絶望を振り払うようにして、旅の男は立ち上がり、街道を急いだ。
☆☆☆
「そこのお兄さ〜ん、旅の人? ウチの串焼き肉は絶品よ〜?」
「いや、あの。ドラゴン、逃げないと、街が……なんでみんな、雪が」
屋台の串焼き屋に声を掛けられ、その場に立ちすくんでいた旅の男は、我に返ったのだが。
しかし、この現実感のない光景に圧倒され、すっかり語彙力を失っている。
息を切らしてたどり着いた街──ドラゴンによって蹂躙されているはずのそこは、多くの人で賑わっていた。
屋台が立ち並び、それはまるで祭りかなにかのようで。
旅の男がフラフラと足を進めれば、街の中央のだだっ広い広場に着き、そして……そこには。
男がこの街に、十数年前に訪れたときには確か、神殿があったはず、だがそんなものは、影も形もなく。
代わりに目に飛び込んできたのは、大きな噴水のある泉。
それから、その泉に体を沈める、赤いウロコのドラゴン、二頭の姿で──。
「あれ? もしかして、ご存知なかった? まぁね、アレを、なんにも知らないで初めて見たんなら、そりゃ驚くわ。アレね〜あの泉、薬湯になってんの」
「……やく、とう?」
「そ! 大量の薬草をブレンドしたモンがあの泉には入ってて、で、今朝まであの泉はカチンコチンに凍ってたんだけど、それをあのドラゴン様方が自分でゴオッと溶かして、それに浸かってるってわけよ〜」
……ゴオッと?
男は、耳を疑った。
「ドラゴン様のおかげで、ここんとこの大雪も、すっかり溶けてね〜。いやぁ今回の大雪はさすがに、雪に慣れてたってキツかったから。いや本当に、いいタイミングだったね!」
確かに雪は、屋根には残っているものの、街の石畳にはかけらもなく……ああ、それはおそらく、あの泉からの地下水路が……。
「それで……何故、このような事態に? ファイヤードラゴン、あれは、飛ぶ厄災のはずで、」
「あー……ね? お兄さん、この話長くなるからさぁ。ウチの串焼き肉、二、三本くらい食べながら聞いたほうが、いいんじゃな〜い?」
言われるがままに、三本分の代金を渡した。
そして、自らで沸かした薬草風呂に浸かるドラゴンから目を離せないまま、着込んでいたマントを脱いで荷にまとめ、そうしてから一本めの串を受け取り──。
その後男は、屋台の主人の話の中で、この顛末の原因となった男の、懐かしくも腹立たしい名前を聞くことになり──それが男の新しい旅の始まりとなるのを、このときの男は、まだ知る由もなかったのだ。
1/29/2026, 6:09:54 AM