【正直】
「正直に申し上げますと、この国はもう終わりです」
突然地球から召喚されたセーラー服の女子高生は、魔法陣の外側にぽつんと立っていた女性からそう告げられて、ただただ困惑しました。
「はぁ。あなたのお国の事情とかすごくどうでもいいことなんですが、お約束なので聞きましょうか。なにがあったんです?」
いかにも魔女です、という帽子を被った女性は答えました。
「王様が、結婚詐欺師に騙されました」
「は?」
「それで、すべての者が誠実で正直であるようにと、魔女の力を借りて国全体に“正直魔法”を掛けました」
「あっ……。え、もしかして王様バカなの? そんなことしたらみんな喧嘩だらけになっちゃうじゃん。誰か止める人いなかったの?」
「さすがは異世界の勇者様、その炯眼たるやお見事です! そう、王様はバカすぎて側近がおらず……いえ、今のは聞かなかったことにしてください。ええと、正直魔法のせいで、みなさんが正直な物言いをするようになった結果、あちこちで諍いが絶えなくなり、国内がボロボロになってしまったのです。しかも、王様の周囲の人たちはみんな王様のことをバカだと言っちゃうので、不敬罪で捕まって、国政が立ち行かなくなってしまいました。さらに、隣国がこの隙につけいって、我が国を乗っ取ろうとしています。隣国からの間者はすぐ自首してくれるので助かっていますが……」
「なるほど、先ほどから私の正直な感想がダダ漏れなのも、魔法のせいなのか。いつもならオブラートに包むのに。で、なんで元凶の正直魔法を解かないんですか?」
女子高生が呆れ顔で尋ねると、女性はわっと泣き出しました。
「解けないんですぅ! 王様からの依頼で張り切っちゃって、一世一代の大魔法を使ってしまったから、私より強い魔女が命賭けないと解けないぐらい強力なんですぅ!」
「……あっ、あなたがその魔女なんだ? で、あなたもバカだったんだ? もしかしてこの国、バカしかいない?」
「そんなわけないじゃないですか! 私は成功報酬に目が眩んだだけです! というわけで異世界の勇者様、どうかこの国をお救いください! 貴方様なら、異世界召喚の際に時空の女神様からお餞別でなんらかのチート能力を授けられているはず! その力を使って、正直魔法を打ち破るなり隣国を退けるなりなんなりと、都合のいい展開を!」
「お断りします」
「どうして!」
「だって、見も知らぬ異世界の見も知らぬバカな国のために、どうして華の女子高生である私が尽力しなくちゃいけないんです?」
「そ、そこはチート能力でちゃちゃっと」
「ちゃっちゃとできるタイプのチートじゃないので諦めてください。じゃ、私はこれで」
女子高生は魔法陣を出て、部屋の扉に向かって歩き出しました。そこをすかさず、魔女の放った魔法が絡めとりました。
「げっ、触手!? なにすんのよ変態! コスプレ痴女!」
「しかたありません、かくなるうえは、あなたを生贄にして正直魔法を解くしかありません。次の満月まで、あなたを捕らえさせてください」
「正直者で助かる〜。じゃあ、私はさっさと逃げて、しばらく異世界旅行を満喫したあと、悠々と元の世界に帰るね」
「ふふふ、元の世界に帰る方法なんてありませんよ。この召喚魔法も私の一世一代の大魔法! 世界を繋ぐゲートは一方通行ですし、もう閉じました!」
「それがね、私がもらったチート能力って空間転移だから、ここから簡単に逃げ出せるし、いつでも好きなときに自分の家に帰れるんだよね。超ラッキーな能力もらっちゃった……あっ、ギリギリピンチのときにかっこよく覚醒したフリで使いたかったのに、もう手の内明かしちゃったじゃん! やっぱ迷惑だね、この正直魔法。他の国行こっと」
シュン、というかすかな音とともに、女子高生の姿は消えてしまいました。
「そ、そんな……。あんまりです、時空の女神様……」
魔女はへなへなとその場にへたりこみました。
後日、隣国の王太子と婚約したというセーラー服のふしぎな少女が、世界中から集めた魔女たちの力で正直魔法を打ち破ったうえで王様に無血開城を要求したのは、別のお話です。
そのとき、国民たちは魔法の強制力がなくとも、正直にこう語ったと言われています。
「正直、まっとうで人間的な暮らしができるなら、統治者なんて隣国だろうと異世界の少女だろうと誰でもいいんですよ。そう、バカでさえなければ……」
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ちなみに政治的な意図はまったくありません。普遍的な童話です。私はノンポリです。
『キノの旅』にありそうですよね、正直者の国。
6/3/2024, 3:30:25 AM