sairo

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突然の光に目が眩む。
強い光に、目を開けていられない。目を閉じ、光から顔を背けた。
光から離れたいが、目が開けられないため動けない。早く光が消えることを願いながら、身を縮めていた。

「大丈夫?」

ふと声がした。閉じた瞼の向こうの光が、少しだけ和らいだ気がして薄目を開ける。
光が消えた訳ではない。ただ、光を背に誰かが立っていたから、和らいだように感じられただけだった。
誰だろうか。逆光で陰になり、その姿は輪郭しか分からない。けれども先程かけられた声は柔らかく、悪い人ではなさそうだった。

「おいで。もう大丈夫だよ」

そう言って手を差し出される。
大きな手だ。けれどその手も影になって、誰のものなのかは分からない。
一緒に行ってもいいのだろうか。動けないでいれば、影はゆっくりと近づいてくる。
顔が見えない。真っ黒で、どんな表情をしているのかが分からない。

「怖がらなくてもいい。一緒に外に行こう」

優しい声。見えない表情。
悩んで、ゆっくりと手を伸ばした。ここにいることと、目の前の誰かと共に行くこと。
どちらを選んでも、行く先はそれ程変わらないだろう。

「安心して、もう怖くないよ。よく頑張ったね」

伸ばした手を取り、真っ黒な誰かに抱き上げられる。
褒めるように、背を撫でられる。
近くで見る、誰かの顔。

優しい微笑みに安堵の息を吐き、一筋涙を溢した。



「大丈夫?」

ぼんやりと外を眺めていたら、心配そうに眉を顰めた友人に顔を覗き込まれた。
今朝見た夢と同じ言葉に、目を瞬く。何が、と言いかけて、苦笑する。
何でもないと首を振れば、どこか納得がいっていない表情をしながらも、友人はそれ以上何も言うことはなかった。

「何かあった?」

逆に問いかければ、友人は小さく息を吐く。どこか呆れたように、前の席に座って顔を寄せる。

「最近ぼんやりしているけど、悩み事でもあるのかなって思っただけ」

そう言って、頬を膨らませながら顔を背ける。その幼い子供のような仕草に、小さく笑みが溢れ落ちた。

「心配してくれてありがとう。何ていうか、最近変な夢を見ている気がして」

今朝見た夢の内容を思い浮かべながら告げる。途端に不機嫌さがなくなり、心配そうに友人はこちらを見つめた。
相変わらず、友人は優しい。心配される気恥ずかしさと嬉しさに、少しだけ落ち着かなくなりながら、大丈夫だと笑って見せる。

「目が覚めたらほとんど覚えてないんだ。ただ起きた時に、変な夢を見たなあって思うから、それがちょっと気になって」
「そうなの?覚えてたら話を聞いてあげられるのに」

眉を寄せる友人が、もう一度気にしないでほしいと笑う。
日が暮れ始めた外に視線を向け、近づいてくる見慣れた影に席を立った。
夕日を背にしているため、逆光で陰になってよく見えない。けれど自分が父のことを見間違えるはずはなかった。

「お迎えが来たから帰るね」

鞄を掴んで外に向かう自分を見ながら、友人は小さく笑い声を上げた。どこかからかい交じりの顔をして、こちらに手を振ってくれる。

「本当にお父さんのことが好きだよね。ばいばい、また明日」
「また明日!」

頬が赤くなるのを感じながら、手を振り返すこともなく外へ出る。
玄関で靴を履き替えて、ちょうど玄関先まで来た父に抱きついた。

「おかえりっ!」
「ただいま。元気にしてたかな」

優しく微笑む父に、笑顔で頷いた。手を繋いで、急ぐように家へと帰る。

「今日は美味しいものでも食べにいこうか」
「やった!私、ハンバーグが食べたい」

嬉しくなって繋いだ手を大きく振る。今日あったことを話せば、父は笑いながらしっかりと聞いてくれている。そんなささいなことが幸せで堪らない。

途中、友人の父とすれ違った。小さく息を呑んで作った笑顔を浮かべるこの人のことは、少しだけ苦手だった。

「こんばんは」
「こんばんは」

挨拶をされて会釈をする。挨拶を返す父の手を引いて早く帰りたがる自分に父は苦笑し、友人の父に会釈をした。
父は何も聞かない。ただ優しく頭を撫でてくれる。温かな手に擦り寄りながら自分も父に何も言わず、聞かなかった。
友人の父を見る時の、どこか悲しそうな、苦しそうな表情の理由を。

「早く行こう!」

代わりに笑顔を浮かべ父の手を引く。

「帰りにお線香と、あとお母さんのお花も買わないといけないんだよ。だから早く!」

そう言って急かせば父も笑って、手を繋いで歩き出した。





「ごめん。ごめんね」

泣きながら自分を抱きしめる目の前の青年を見ながら、ぼんやりと時間が過ぎるのを待っていた。
悲しい声も涙もはっきりと見えるのに何も感じない。何もかもが嘘のようで、信じられない。
いつまでこのやり取りが続くのだろうか。いつになったら、彼の元へと行けるのだろうか。

「無事でよかった」

嘘つき。手を離したというのに、白々しい。
青年が何かを言うたびに、気持ちが冷めていくのを感じる。早く離れてしまいたい。
それを伝えることすら億劫で、余計に面倒なことになると理解して、内心で溜息を吐いた。

ふと、背後から光が差し込むのを感じた。
身じろいで後ろを振り返る。遠くに光を背に立つ彼の姿を見て、絡みつく腕を解いて走り出した。

「待って!」

後ろから呼び止める声は聞こえるものの、引き留められる気配はない。
結局は形だけなのだろう。一瞬だけ表情が歪むが、さらに速度を上げて彼の腕に飛び込んだ。

「後悔は、しない?」

逆光で見えない彼の顔。けれど柔らかな声音が、心から心配してくれているのだと伝えている。見えなくても、自分のことを案じてくれるのが分かる。
青年とは大違いだ。首を振って強くしがみつけば、優しく頭を撫でられた。

「お兄ちゃん、きらい。みんな、だいきらい」
「分かった。何も言わないよ」

苦笑して、彼が手を差し伸べる。
笑顔でその手を取って、彼に寄り添いながら歩き出した。

一度だけ後ろを振り返る。無言で佇む青年に向けて、声には出さずさようならと呟いた。
青年からは逆光になって見えてないだろう。でもそれでいい。
伝わっても、伝わらなくても変わらない。
光に向かって歩いていく足は止まらないのだから。



「夢……?」

不思議な夢を見た。
体を起こして、まだ消えない夢の内容に首を傾げる。今までは目が覚めた瞬間から忘れてしまっていたというのに、何故こんなにもしっかりと覚えているのだろうか。

「変な夢」

夢を覚えていることもそうだが、内容も変だった。見知らぬ青年に泣き疲れ、その手を振り解いて誰かの元へ走っていく。その誰かも、逆光で顔が見えなかった。
それでも、その誰かを良く知っている気がした。そしてあの青年。彼もどこかで見たような覚えがある。だいぶ若いが、友人の父に似ていなかっただろうか。

「でもまあ、夢だしな」

小さく笑って、ベッドを抜け出した。
夢を真剣に考えていることがおかしくて堪らない。現実ではないのだから、あまり真剣に考えなくてもいいだろう。

笑いながら準備を整える。
今日は自分が料理当番の日だ。パンをトースターにかけて、卵を焼かなくてはいけない。
時計を見れば、いつもより早い時間だった。この時間なら、父へ弁当も作れるかもしれない。
冷蔵庫の中身を思い出しながら、部屋を出る。優しい父のために何かができるこの瞬間が、とても嬉しい。

「そういえば」

ふと思い出す。
夢の中で誰かに抱き付いたこと。繋いだ手の温もり。

「案外、お父さんだったりして」

そうだったらいい。夢でも父に会えるなんて、なんて幸運なのだろう。
気分よく、台所に向かう。

今日はいい日になりそうだ。
そんなことを思いながら鼻歌を歌いつつ、朝食を作り始める。
今日見た夢の名残など、パンと一緒に焦げてどこかに消えてしまっていた。



20260124 『逆光』

1/26/2026, 5:30:47 AM