【大好きな君に】式場からの逃走
結婚が決まった、と寂しげに笑った君に、私はどうしていいかわからなかった。おめでとうの一言も言えないなんて、どうかしているだろうか。言葉に詰まる様子を見て、ただ労るように背中を撫でる手が、冷たいのがこんなにも苦しい。いつかこんな日が来るということはわかっていた。自分と君の間にある色々なものが、この色濃い感情を恋と呼ばせてこなかった。どうしたら、どうすれば、考えるほどに混乱する。冷静になどなれそうもなかった。
「大丈夫、分かっていたこと」
そう告げる声だって震えているのに。背を撫でていただけの手が、包容に変わって、胸元に頭を寄せて泣いている君に、私は何もできないのだろうか。抱きしめ返すと、安心したように小さく溜息。
「相手が相手だから、緊張してるのかも」
立場、地位、政略。何もかもを飲み込んで君は笑っている。その目の中にある潤みに気付けないほど、私は鈍感ではなかった。何も言えないまま、顔を上げた君の目尻を拭う。くすぐったいよ、と笑うのを、もどかしく見ていることしかできない。祝福などできようもない、したくもないと、分かってくれている。そう感じている。
ついにその日が来た。白い衣装に身を包んで緊張する君が、隣に伴侶となる人を連れて式場に入ってくる。
飛び出していた。君の手を引いて走り出していた。悲鳴が聞こえたがどうでもよかった。今君が入ってきたばかりの扉の方に駆け込んで、裏口を通って、従業員用の通用口を抜けて、とにかく走って走って走った。自分のめかし込んだ衣装も、君の白い衣装も、ボロボロになって、息が切れて、それでも走った。
大好きな君にこんなことするなんて、ひどいだろうか。でも絶対嫌だ。
ふと、振り返ると、君は泣き笑いを浮かべて「あー、おかしい」と楽しそうだった。
3/5/2026, 2:20:45 AM