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♯好きになれない、嫌いになれない


 わたしにはライバルがいる。
 違う小学校からきた、隣のクラスの、同じ吹奏楽部でサックスを吹いている女の子――美嶋さん。
 わたしと一緒で初心者のはずなのに、美嶋さんは上手くなるのがうんと早い。そしてパートリーダーの石井先輩にとても可愛がられている。石井先輩はわたし以上に美嶋さんに目をかけている、期待をしている……けど、これは、わたしが勝手にそう思い込んでいるだけだ。石井先輩に差別をしているつもりはないのだろうし、それで美嶋さんがわたしをバカにしてくることもない――あの子は『いい子』だから。

 でも、わたしは美嶋さんを好きになれない。
 ……けど、わたしは美嶋さんを嫌いになれない。

 そんな複雑な思いを抱えたまま、日々の部活動は続いていた。季節は変わり、今度の演奏会では、わたしが2ndアルトのパートを担当することになった。2ndアルトは石井先輩の1stアルトに対し、ハーモニーやメロディの補完といった役割を持っている。対旋律とハモりで1stアルトを支えたり、曲によっては1stアルトと同じように目立てたりできる、石井先輩により近いパートだ。これはわたしの日々の頑張りが認められたからでも、石井先輩がわたしをヒイキしてくれたからでもない。不公平がないように、美嶋さんと交互に2ndアルトのパートを受け持っているだけ。それでも、わたしは昼休みを返上して練習に打ち込んだ。今度の演奏会で発表する曲はとても難しい。時間はあってもあっても足りない。石井先輩が引退したら、わたしがパートリーダーになって1stアルトを引き継ぐんだ。こんなところでつまずいちゃいられない。
 そんなある日のこと。突然、美嶋さんが昼休みの音楽室にやってきた。
 わたしは思わずマウスピースから口を離す。
 美嶋さんは申し訳なさそうに笑って、
「邪魔しちゃってごめんね、わたしも一緒に練習していい?」
 どういう風の吹き回しだろうと怪しみながら、わたしはぎこちなく頷いた。
「……いいけど」
 美嶋さんの目がパッと輝く。
「ありがとう! 今度の曲、難しいよね」
「うん……」
 美嶋さんはテナーの担当だ。メロディに関わらない、花形からは遠いパート。
「でも、美嶋さんは、もう完璧じゃん」
 卑屈な響きにならないように気をつけながら、わたしはからかい混じりに言う。
 美嶋さんは驚いたように目を見開いて、それから曖昧に笑った。
「けど、合わせると何だか違うなあっていつも感じるの。杉村さんが昼休みでも練習してるって聞いたとき、このままじゃ置いていかれるかもって、わたし、焦っちゃって、それで……」
 急に口ごもり、どこか迷うようにしながら目を伏せる。わずかの後、おずおずと上目遣いに見てきた。
「……それで、できたら、で、いいんだけど……練習に付き合ってほしいなあ、なんて……だめかな?」
 その瞬間、わたしの心は敗北感でいっぱいになる。

 ……あーあ、こういうところがあるから、嫌いになれないんだよなあ。

4/30/2025, 7:17:49 AM