『どうすればいいの?』
絹の引き裂くような悲鳴。ワァワァと喚き声が次いで上がった。
何事かと、周囲にいた人たちの視線が集まる。
声を上げたのは、若い男性だった。
まるで、この世の悲劇が一気に訪れたかのように、彼は頭を抱える。ああ、呻きながら髪を掻きむしった。
「どうしたんですか?」
うろたえる彼のことなど気にした風もなく、女性が声をかける。
まさに天の助け、とばかりに彼は彼女の手を握って縋りついた。
「データが消えたんっす! マジどうすればいいの!」
大きな声で彼は叫ぶ。しかし、彼女はそれにすら動じず、彼のパソコンを操作してみた。
彼曰く、これまで入力していた表計算ソフトの数字が消えてしまったらしい。
何もしていないのに、と訴える彼を無視して彼女は焦ることなく、ショートカットキーを押した。
すると、彼が間違えて消してしまったというものが元にもどる。
「やった!」
彼は嬉しさで泣きそうになっている。そして、デスクの引き出しから両手からお菓子を取り出して、彼女に手渡した。
やれやれとばかりに自分のデスクに戻る彼女を見送って、彼はさっそく仕事の続きも戻ろうとしたその時。ボン、と肩を叩かれた。
元気よく振り返った彼の表情がこわばる。そこには、社長がいてとてもいい笑顔を浮かべていた。
「他の仕事している人がいるから、大きな声は出さないでね」
そう言い残して、社長室に引っ込んでいった。
はい、と小さい声で返事をする彼。さすがに周囲からは、同情のため息がもれた。彼のむなしい呟きがこぼれる。
「どうすればいいんすか」
11/21/2023, 12:51:08 PM