#22 恋物語
自分の教室に向かっていたら、
職員室から先生が出てくるのが見えた。
「あ!先生!おはようございます!」
「おはよう」
「先生は今日も歩くのが早いですね」
いつも返事はくれるけど、歩くの早いし止まらない。クラスまっしぐら。
「そう?授業あるから、もう行くね」
「そうですか、かんばってください!」
「はい」
それでも、話せるのが嬉しい。
先生が私が行く方向とは別の角を曲がるまで見送ってから、教室に足を向けた。
勝手に上がる口角は放置して。
授業は分かりやすくて面白い。
こっちが小走りになるくらい颯爽と歩くけど、
見た目は普通だと思う。
先生のことは好きだけど、そういう好きではない。
そのはずだったのに。
今は、最後の授業が終わったところ。
先生は背を向けて教材を片付けている。
(学校に遊びには来れても、もう授業は受けられないんだ)
そう思うと寂しい気がして、なんとなく近寄ってみた。
広い背中だ、と意識した瞬間。
くらり、目眩のようなものを感じた。
-目の前の人に、触れて、みたい-
衝動的に足を踏み出そうとして。
教室の外を誰かが通るのに気づいて、
ハッと我に返った。
(なに、いまの)
いや、考えちゃいけない。
少し近寄っただけで、先生とは距離がある。
誰にも気づかれてないし、実際何も、起きてない。
私は咄嗟に心の中で蓋をした。
そして数日後、高校を卒業した。
私が先生を慕って追いかけていたことは校内では周知の事実だったが、
最後の授業で起きた現象を誰にも話すことはなかった。
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それは、心に蒔かれた恋の種だった。
芽吹いたのは、成人を祝う同窓会で再会したとき。
そこから猛アタックを始めるなんて、
まだ本人すらも知らない。
これは、私の恋物語の前日譚。
5/19/2023, 6:32:23 AM