香草

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「ささやき」

3年生になったら宿題が増え、授業中居眠りするのも許されなくなった。
昼休みの恋愛話も受験の話に変わった。この前まで、もうすぐ卒業してしまう先輩に告白するか悩んでた子も真面目に大学の偏差値がどうとかなんの問題集がいいとか話している。
受験生か。頑張らないとなあ。
私は勉強机の前に座りながらうつらうつらと天井を見ていた。
深夜1時。家族全員が寝静まった家は無音で居心地が悪い。もともと勉強は得意な方だ。学校のテストでも上位に入るし、模試の成績も悪くない。でもこうやって1人で集中するのは苦手だ。普段は話し声や人の気配がするカフェや図書館で勉強するのだが、深夜に開いているところはない。

そしていつもはもう寝ている時間だ。無音が眠気を連れてくる。しかし明日の朝までに終わらせないといけない課題がある。まだあと1問残っている。
天井を見上げていると頭が後ろに落っこちそうな感覚になる。
いかんいかん、と私は姿勢を正して問題に向き直った。
えーとxの2乗の…
突然お腹がグーとカエルのような音を出した。そしてキュルキュルとソプラノ音が続く。音がやたら大きく家族が起きるんじゃないかと一瞬心配したほどだ。
そういえば、母親が寝る前に「お腹空いたら冷蔵庫におにぎり入れてあるから食べなさいね」と声をかけてくれた。
しかしこのお腹の鳴りようはおにぎりだけじゃ収まらないだろう。
弟がいつも部活から帰ってきた時に食べているカップラーメンが頭をよぎる。野球部の弟はキッチンのカウンターの下にカップラーメンを常備している。

いやいや、流石にカップラーメンはまずいでしょ。
見た目を気にする華の17歳。カップラーメンを深夜に食べたらどんな弊害があるかなんて乙女の常識。
むくみとニキビを一緒に学校に連れて行こうものなら、気になっているクラスの男の子に顔を見せられない。
なんならおにぎりだって母親に「太るから食べない」と宣言したはずだ。
私はお腹の虫を無視してもう一度問題に向き直った。
yが3乗で…
さっきよりも大きな音でお腹が鳴った。
お腹と密着している机にも振動が伝わる。段々口も乾いてきて、唾液がやたらと出る。
「今日くらいはいいんじゃない?」はっきりと悪魔の囁きが聞こえた。

「いやいや流石にまずい」
「何がまずいの?集中できなくて課題終わらない方がまずくない?」
「いや集中できるし」
「できてないじゃん。少しくらい食べても太らないって」
「いやこの体型維持するために普段からランニングしたり頑張ってんだから!」
「じゃあ明日走る距離増やしたらチャラじゃんね?」
「そういうことじゃなくて…」
「いいじゃん。食べちゃえよ」
脳内で必死の攻防が繰り広げられる。
脳内の悪魔と共鳴するかのようにお腹の音がどんどん大きくなる。
数式の文字列が麺に見えてくる。
気付けば私はカップラーメンの汁を飲み干していた。
だから1人で勉強するのは嫌なのだ。

4/23/2025, 7:35:15 AM