【流れ星に願いを?】
※作中の流星群はペルセウス座流星群です
「今年、一緒に星を見ようよ」と言い出したのは、あいつだった。
毎年八月になると、三大流星群とやらのひとつ、ペガサス……だっけ? 違うような気もするけどまあいいや、なんか「ペ」のつく流星群が来るんだって。
私とあいつはまあ、いわゆる腐れ縁で、幼稚園からいまの女子高まで、なんだかいつの間にかずるずると一緒にいるような間柄だった。
あいつはフットワークが軽くて、なにか面白いことを見つけるとすぐどっかに飛んでいくようなやつ。ここ最近は、星がきれいに見えるスポットを探すのにご執心。一方私は、家でごろごろゲームしてるのが好きなタイプ。星なんて、テスト前に一夜漬けした理科の知識がほんのり残ってる程度。
あいつと私じゃ、趣味も好みも興味の先もぜんぜん違うのに、なんでだろうね、人生の大半を一緒につるんで過ごしているのは。家が近いから、というのもあるかもしれないけれど。
まあ、目尻の下がったあいつの平和そうな顔を見ると、ちょっと安心するというか、今日も元気でなにより、ぐらいには思うし、空気や水みたいに、日常に欠かせない存在なのは事実。あいつは私のことをどう思ってるのか知らないけど。
約束の日の夜、家族に内緒で家を抜け出した。引きこもりゆえ、めったに味わえない冒険的シチュエーションだ。ドキドキうるさい鼓動をおさえつつ、事前に指定されていた場所に向かう。まったく、いくら星がきれいに見えるからって、ずいぶん辺鄙なところを指定してくれたよね。たどり着くまでに自転車でのぼらなきゃいけない坂道のことを考えただけで、もう息切れしそう。
星がきれいに見えるスポットと言ったって、こんな田舎じゃ、だいたいどこでも星は見える。それぐらい、周囲に明かりがない。大通りを外れれば、ほら、すぐに暗い空が迫ってくる。自転車のライトがなかったら、一寸先も見えないんじゃないかってぐらいの闇。思わず身がすくむ。気を緩めたら、体ごと闇の中に溶けてしまいそう。ときたますれ違う対向車のヘッドライトに照らされたときは、あ、私、ちゃんとここにいるんだ、見つけてもらえたんだ、ってほっとする。
私はふだん遠出をしないから、じつは自分の自転車を持ってない。今日はお母さんのママチャリをこっそり借りてきた。銀色のピカピカなフレームに、お母さんが増設した反射板がさらにピカピカしてて、ライトで照らされるとあまりにも目立つから恥ずかしいんだけど、まあ、夜道の安全のため、いたしかたなし。
夏でも夜はちょっと冷えるよ、とあいつに言われていたので、おろしたての夏ジャージを羽織り、お湯入りの水筒を前カゴに放り込んである。現地が真っ暗すぎたら困るから、蝋燭式のランタンと着火用のマッチも用意した。寝転がるための敷物も用意した。ずっと首を上げて空を見てたら、疲れるからね。私の準備、完璧じゃない? ジャージは途中で暑くなって脱いだけど。
完璧な私は、慣れない自転車でへろへろと坂道をのぼりきって、ようやくその場所にたどり着いた。足りない酸素にぜいぜいと喘ぎつつ、よれよれの手でマッチを擦ってランタンに着火し、あたりを見渡す。
高台を切り拓いた、新興住宅地だ。着工したばかりで、周囲にはまだなにも建っていない。夜は誰もいないし、よけいな光もない。たしかに、ふたりで寝転がってる星を見るには、うってつけ。私の後ろは高い山がそびえてて星が隠れちゃってるけど、「目の前の空が流星群のホウシャテンに向かってひらけてるから、ちょうどいい」んだって。さすが、星に詳しいあいつが選んだ場所。あいつは私以上に完璧なやつだ。
この工事現場は、今年限りのスポット。そして、今日は流星群のキョクダイキ。おまけに、新月。このチャンスを逃すのは、もったいないよね。私ひとりだったら、こんなビッグチャンスを知ることもなくぐうたらな夏休みを過ごしていただろうから、誘ってくれたあいつに感謝しなくちゃ。こんなお出かけも、今年で最後だろうし。
ランタンの明かりを頼りに、工事で固められた土の上へ、敷物を大きく広げる。ぴったり、ふたりが寝転がれるサイズ。うん、完璧。
喉がからからだったので、さっそく水筒のお湯に口をつけた。汗が引いて冷えてきた体には、人肌ぐらいのお湯がちょうどいい。水の足りなかった体に、沁みるように温もりが広がっていく。
ひと息ついてから、いよいよ星を見る会の始まりだ。ランタンを邪魔にならない場所に置いて、背中からばたっと敷物に倒れこむ。ジャージはブランケット代わり、お腹にかけておく。
目の前には、満点の星空。いや、「満天の」だっけ。満点と言ってもいいんじゃないかってぐらい、迫力のある星空だ。つい手を伸ばしちゃったのは、星を掴めそうな気がしたから。もちろん、指先にかすりもしなかったけど。
あっ、さっそく流れた!
流れ星への願いごとって、流れきる前に三回言わないといけないんだっけ? カネカネカネ、ぐらいしか間に合わないんじゃないかな。流れ星側は、ぜったい叶える気ないよね。まあ、私だって叶うとも思ってないけど。
もし、死んだ人を蘇らせてくれるっていうなら、そりゃ、必死で唱えるけどさ。
天に真っ直ぐ伸ばしたままだった手を、ようやく下ろす。
いくらフットワークが軽いからって、未知の場所を見つけたからって、私の手が届かないぐらい遠くまで、飛んでいかなくても、ねぇ。
完璧なあいつは、完璧な私の日常に欠かせない存在だったのにな。いまの私には、まるで、水も空気も、足りてない。どんなに喘いで息を整えても、人肌のお湯を飲んで喉を潤しても、絶対的に、あいつが足りてない。
たぶんこの場所に下見に来た帰りだろう、あいつは夜の道を真っ黒な自転車で走ってて、事故に遭った。昨日、煙になって、後ろの山よりも高く、きっと星と同じところまで、のぼっていった。
でも、今日は火を焚いたら死んだ人が馬に乗って帰ってくるとかいう日だし、そのために蝋燭のランタンを引っ張り出してきたんだからね。あいつ、もしかしたら、いまここにいるんじゃないかな。今日はペガサスの流星群だしさ、流れ星に乗ってさ。そりゃ、ここよりもあっちのほうが星はきれいだろうけど、私と一緒に眺めるほうが、きっときれいに見えるでしょ。思い出補正ってやつで。
そう思って、敷物の半分はあけてある。
あっ、また流れた。
「カナカナカナ」
とっさに、あいつの名前を三回言ってやった。これでなにが叶うというわけでもないけど。
「気の早い蝉みたい」
あいつの名前を呼んだ自分の勢いに、思わず笑ってしまった。
カナカナと鳴く蝉の季節は、もうすぐだ。その時期になれば、私もきっと、なくだろう。
4/26/2023, 9:28:36 AM