雷羅

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 簡素だけどオシャレなデザインの入ったレターセットを前に、ずっとシャーペンを打ち付けている。明日には渡さないとならないのに、さっぱり文章が書けなかった。
 クラスメイトが発案した、転校するやつに手紙を書こうとかいう、厄介な行事。
 書くのは別にいい。他の奴らに紛れて渡せるなら、多少は恥ずかしさも隠せるだろう。
 でも、文章にしたら、なにもかもあけすけにしてしまうんじゃないかと怖くて、いつまで経っても書けなかった。
 この手紙に、なにを書いても、きっとあいつとは二度と会うことがない。
 だから捨て台詞のように「好きでした」と書いてもいいのである。二度と会わないのだから。俺は連絡先さえ交換していないのだから。
 転校の機会に、連絡先も書かず告白だけ言い逃げしていくようなやつなど、きっとあいつも軽蔑するだろう。だからそんな卑怯な真似をするつもりはないけれど、なにを書いても滲み出そうで怖い。どれだけ隠して書いても伝わってしまうんじゃないかと思うと怖くてたまらない。
 国語の先生はいつかの授業で、言葉には力が宿ると言っていた。言霊というやつだ。
 口に出した言葉すら力が宿るのだから、紙に書いてしまったら、それは呪いになるんじゃないだろうか。
 便箋を睨みつけて固まってしまう。
 心臓が嫌な音を立てている。
 それでもなにかは書かないとならない。骨が軋むような音を立てながら、無理矢理手を動かしてみる。
 当たり障りのないことを懸命に探す。いつもどうだったとか、また会えたらとか、そういう、当たり障りはないかもしれないけど俺が見ていたことがバレるような言葉は排除していった。そうすると、精々元気でいてくださいとか、健康に気をつけてとか、そんなことしか書けなかった。
 とりあえず全部を書き終えて息を吐く。
 言葉を排除しすぎて便箋一枚すら埋まらなかった。でもバレることはないだろう。この片思いは、俺が丁重に葬ってやればいい。
 ボールペンで清書して。乾かしてから下書きを消す。少し文字が擦れたが仕方ない。

「…………」

 完成したものを眺める。
 なんとなく、その余白にシャーペンを走らせて、ハッとしてすぐに消した。
 強い未練は体を勝手に動かすらしい。
 余白に書いた文字が完璧に消えているのを確認してから、紙を掲げて祈った。

「どうか、なにも、バレませんように……!!」

 言霊は、吐いたらけして戻らない。
 でも、どうか、すぐに消した愛言葉は伝わらないでほしかった。

10/27/2023, 12:20:07 AM