『もしも過去へと行けるなら』
過去へ行ったら、君なら何をする?
あの日、間違えた選択を正してみる?好きな人に告白してみる?それとも、今じゃ出来ないようなことをしてみる?
まぁ、過去に戻って何をするも本人の自由だ。しかし、過去を変えられたお陰で、未来で絶望する人間の気持ちも考えてもらいたい。
俺は、未来と過去、現代を行き来できる特別な人間だ。この特別な力は赤子の頃から発動しており、時折俺が居なくなって母親は大変だったと聞かされた。
生まれついての特別な力を、自分のためではなく人のために使えと父親に言われ、俺はその通り実行してきた。
近年、タイムリープ現象に見舞われ、過去へ飛ばされる人間が続出している。
大体の人間は、事故や心が深く傷ついた者がタイムリープ現象にあっているようだ。
事故は…まぁ、許容範囲内ということにしている。異世界転生物語的なアレだと言えばわかるだろう。命が脅かされそうになった時に、人は過去へ戻ったり、別の時間軸に飛ばされることになったりとさまざまだが、それらは一時的で、すぐに自分の世界に戻ることになっている。
死にそうになった時だけ瞬間移動して、数分後に自分のいた世界に戻ることが出来るなんて、最高じゃないか?
どうせ、自分の世界に戻ることができるんなら、多少数秒、数分いただけ未来は変わることは無い。
これは、今まで観測してた自分の意見だから、多分ってことだぞ。変わるかもしれないし、変わらないかもしれないし…まぁ変わったとしても微々たるものだからそこまで気にする事はない。
次に、心が深く傷ついた者もタイムリープに巻き込まれることがあるという点だ。これが一番厄介でな。心が病んでる者の殆どはろくでもない過去を忘れられず、未だに引きずって精神がボロボロの状態の人間だ。
精神的に追い詰められてる人間は、なにをしでかすか分からない。他人の幸せを憎むような奴や、自分の利益の為に他人を平気で傷つけられるような奴、表では善人で、裏ではクソみたいな野郎だとかな。
こんな奴らが過去に戻っちまえば、幸せに暮らしてた奴らの未来が、最悪最低な未来に変わってしまう。
そんなクソッタレなことを起こさせないために、俺は日々タイムリープ現象に見舞われた人間を捕まえては元いた現代世界に戻してやっている。
タイムトラベルした奴らにはある特徴がある。まぁ、その時代にそぐわない服装やらなんやらがあるかもしれんが…それ以外に確実な物がある。
それは、過去や未来への移動直後に微細な時間の泡(光の粒…蒸気のようなもの)が肌の周囲に浮遊しているのだ。もちろん、一般人にはみえないし、感じもしない。
しかし、俺はその人間が現れた瞬間に、何キロ、何千キロ、何万キロ先だろうが関係なく感じてしまう。
シンパシーみたいなものさ。嫌なシンパシーだがな。
そういった人間の所まで、俺は未来と過去を瞬間移動のようにしてそいつの元へ辿り着いている。
そいつがどこへ行こうが、隠れようが、地球の裏側だろうと俺には関係ない。俺は、すぐ見つけられるし、すぐそいつの元へ辿り着けるんだ。
過去へ戻った人間達を無理くり現代に戻し、二度とタイムリープに巻き込まれないよう、能力を使う。
現代世界の磁気をその人間に強く与えることで、二度と戻る事はなくなるというものだ。
この方法で、そいつは二度とタイムリープに巻き込まれずに済む。勿論、泣いて懇願するよ。
「お願いだ。やり直したいんだ」
とな。
でもダメだ。お前が過去を変えると、その過去に関わった罪もない人間が不幸になる。
運命は、わずかなズレで劇的に変わる。
人の幸福とは、ごく細かい偶然の積み重ねでできている。それは、時計の歯車のように緻密に噛み合っているからこそ保たれていて、そのほんの1秒のズレ、たったひとつの「もしも」がすべてを壊すことがある。
そんなことは、絶対にさせない。
俺は、いつものようにタイムトラベルした奴の気配を感じ、その人間の元へ向かった。
マンションの屋上に瞬間移動をし、その人間を観察する。服装や身なりは…まるで大人そのもの。しかし、纏っている泡からして…あれは数十年後の世界からやってきた人間だろう。
見た目は大学生のようだが、現代の実年齢では小学生ほどか?そんなことを考えつつ、急いで走る彼の元へ俺は瞬間移動をする。
「!!!!」
いきなり目の前に現れた俺にビクついたそいつは尻もちを着いて驚いた表情で見つめた。
「…最近タイムリープ現象に巻き込まれる人間が多いようで…お前もその口なんだろ?」
男を睨むと、ソイツは汗をかいてその場から逃走しようとする。が!!俺はその男の腕を掴んで絞め技をかけてやった。
「いでっ!!!!!!」
強く押さえつけた上で、男のポケットにある財布から免許証を取り出す。名前は阿馬 聡一(あま そういち)、生年月日からして年齢は二十七歳か。
「未来から来たよな?その表情的に…心が病んでるのが原因らしいが……今、どこへ向かってたんだ」
「ぐ……!!離せよ……!!つーかお前誰なんだよ……!!!」
「千年後の世界では時間跳躍不許可区域への侵入、第四等違反というものが存在する。凄いだろ?千年後も地球はあるんだ。でもな、お前らみたいなタイムトラベル人間は近年増え続けてることからパトロール共も手に負えない状況みたいなんだ。しかも、AIが発達しすぎて自分達にも人権をとか言い出してロボットと人類の全面戦争とまで発展してやがる。
だから、特別な力を持つ俺がやってるんだよ。あと家族に生まれついたこの力で人を救えと言われてるしな。
お前…分かってるよな?お前が過去の世界で動いてしまった場合、お前に関与してる人間の運命まで変えてしまうかもしれないんだぞ」
「ぐ…なら…尚更いいさ…!!変えなくちゃなんねぇんだよ……!!数年前の世界なんだろここは……!!
それなら俺は会いたいんだ…!!最期に一度だけでも……!!!」
「…最期に?」
俺は男の話を聞くために、一度手を離した。
「この時間に来る意味は?」
「……妹が死ぬんだよ。しかも今日だ。何も言えずに、別れも言えずに、俺は妹の最期を見届けることも出来なかった…仕事で…あんなクソみたいな仕事のせいで……。
だからチャンスが来たんだ!!今度こそ妹に……!」
絞り出すような声だった。怒りでも悲しみでもない懇願だ。俺は目を瞑り、真剣にそいつに話す。
「……妹の死は避けられない。お前が関わっても、生き延びることはない。死は確定されている。死ぬ運命の人間を救うには時間も足りない。今日なんだろ?命日は」
「わかってるよ…そんなこと……でも……!最期くらいは妹と……!!!」
蒼一は叫ぶように続けた。
「……ちゃんと、さよならを言いたいんだ。最後にただ、それだけでいい。触れもしない、何も変えない。ただ、顔を見て、言葉を届けて……それさえ出来れば…俺は…俺は……!!」
俺は、彼の目を見た。涙に滲んだ瞳。その奥に、何百時間をさまよってようやく辿り着いた執念と、哀しみがあった。
「……お前、それで満足か?さよならの言葉ひとつで」
「…満足なんてできるわけねぇだろ……!でも、その言葉ひとつでさえ妹にかけてあげられなかったんだ……!!
…もし、時間が戻るならって何度も思った……でももうチャンスなんてないと思ってた。でも……俺は戻ったこれた」
男は手を拳に変えて、戦闘態勢に入った。
「病院はすぐそこだ!!!妹が死ぬまで残り三十分だ!!!どかねぇと殴るぞ!!!!」
彼の顔は怒りではなく、恐怖でもなく…ただ、絶望と希望が入り混じった、弱い人間の表情になっていた。
弱い人間が、懇願する時の表情。威勢はいいが、やはり心はそうだろうな。
俺は彼の肩に手を置いて言った。
「俺も、同じことをすると思う」
そして、一緒に病室に一時間前に瞬間移動をした。
咄嗟のことすぎて、彼が驚いて俺の顔を見てくる。見つめられるのはあまり好きじゃないんだがな。
「……行けよ。一時間、じっくり話す事だな」
そう言うと彼が病室前の扉で深呼吸をして、俺の方をもう一度見た。
彼の顔は、涙で濡れていた。それでも、ものすごい優しい表情で俺に感謝を述べる。
「……ありがとう…」
「時間は限られてる。早く行けよ」
彼が病室のドアを開けて、入っていく。
声が聞こえる。母親がえっ、どうしたの!?って言う驚きの声と、妹の微かな話し声が。
俺は、廊下のソファに腰をかけてスマホを見て、瞬間移動をした。
数百年後の世界で買い物を済ませ、あいつが話し終わったちょうど、妹が病死するであろう時間前に戻った。
医者達が容態急変した妹をなんとかしようとしていた。
「血圧、急降下!」
「意識レベル、低下!」
「酸素、足りてません!」
病室が一気に騒然となった。
モニターが警告音を鳴らし、数人の医師と看護師がベッドを囲む。
「血圧、急降下!」
「意識レベル、低下!」
「酸素、足りてません!」
母が涙ながらに呼びかけ続けていた。
「お願い……遥!目を覚まして……!」
俺はスっと手をあげて、能力を使った。空気が振動し、すべてがスローモーションのようになり、やがて医師も母も動きを止め、空間全体が、時の泡に包まれたようになる。
ポケットから瓶を取り出し、一錠だけ出すと、すかさず妹の口の中に放り込む。この薬は未来の医療技術の結晶で、どんな病も分子レベルで修復する薬だ。
この現代の人間にも飲めるよう設計されてるはずだと思い、俺は買ってきた。
多少の磁力で空間を強め、薬が喉を通しやすいように穴を広げた。空間を行き来できる能力に加え、その間で培った力が、ここで役に立つとは思わなかった。
妹はコクンと薬を飲み込むと、俺はその子の額にそっと手を置く。
「……もう、大丈夫だ」
彼女がゆっくりと目を開ける。色を失っていた肌が血色を取り戻し、硬直していた筋肉がほぐれ、呼吸が穏やかになっていた。
「……ここは…」
彼女が周りを見渡す。綺麗な虹色の泡が周りを包み込み、なにかいつもと違う空間で少しだけ驚いていた。
そんな妹を見て、俺は笑みを浮かべる。よかった。元気になってくれた。
妹が俺の存在に気付くと、俺のことを質問してきた。
「あなたは……」
「……名乗るもんじゃありゃせんさ」
「え……?」
「あ、いや…まぁ、病気治ってよかったな」
彼女が自分の腕や身体を見て驚く。誰よりも病気でどんどん弱り果てていく自分の身体を理解してるのは彼女自身だ。
自分をつねって確認している。だが、痛みはあるらしく、つねった頬を触って、涙目になる。
彼女が俺の方をもう一度見て驚く。あぁ、兄妹なんだなって俺は思った。
「……お兄ちゃんは? お母さんは?」
「向こうにいるよ。この空間はいつでも解除可能だからすぐ会える」
「……私、さっき……すごく苦しくなって……それでもう……」
「まぁな。だが、君の命はこうしてちゃんと戻ってきた…ハッピーエンドだろ?」
妹が俺の顔を見て、何故か泣きそうになりながら聞いてくる。
「……私の病気…もしかして……あなたが……!」
「さぁな」
俺が時を動かそうとする前に、彼女はポロリと涙を一粒、二粒こぼした。
「…ありがとう…ありがとう……私…生きたかったから……!!沢山…みんなと遊びたかったから……!!」
涙を流す彼女を見て、泡の中に手を突っ込んで、兄貴のポケットにあるハンカチを奪ってそれを妹に渡す。
「ほら、拭けよ」
困惑しつつも、そのハンカチをありがとうと受け取って、涙を拭く。
「……残り百年の人生、楽しめよ」
「……うん!!」
笑顔で頷く彼女を見て、俺は時間を動かしたあとすかさず瞬間移動をした。
医者が医療器具を手にして彼女を振り返ろうとするが、みんな一同、彼女が元気に起き上がってることにびっくりして茫然自失となっていた。
「え……は……え!?!?!?!?!?」
「……心拍も…正常…」
「ありえない……今、止まってたはずじゃ……」
「は、はるか……!!!」
母が、泣き声を上げながら身を乗り出してだきしめる。
はるかはそんなお母さんを抱きしめ返す。笑いながら、泣いていた。
「お母さん……!」
「は、はるか!? 大丈夫なの!? 体、苦しくない!?痛いところは!?呼吸は!?目はちゃんと見える!?」
「うん…うん……大丈夫…私、元気だよ……!!」
医師が駆け寄ってモニターを確認する。
看護師も、血圧や反応を測るが、すべてが正常を示している。
「な…なぜ…今彼女は……」
「と、とにかく、念の為に検査を」
医者達が、呆気にとられつつも検査を始めようとしてた。聡一は、まさかと思い廊下に出て彼を探す。
廊下に座ってた彼に、妹の件を問いただした。
「うるせーな。おら、はやくかえるそ」
そう言って、彼は俺に向かって領収書を投げてきた。それを見ると、即時性特効薬五十万円と書かれており、俺はそれを見てたまらずマジかと叫んだ。
そして、俺の驚いた声に彼が振り返り、ニコリと笑う。
「妹が、未来でまってるぞ」
俺は、何度も何度も彼に感謝を述べた。彼は面倒くさそうに、どうでもいいから帰ろう。とか言ってきたけれど、俺は必ず金の方も自分のいた時代に着いたら返すと言ったが、彼は要らないから二度とタイムリープに巻き込まれるような豆腐メンタルにはなるなと忠告してきた。
「…未来の妹はお前の歴史を知ってるが…当然、お前は妹がどんな歴史を辿ったかわからんだろう。たった五年前の出来事とはいえ、五年の間で生き延びた妹がどういったことになったのかは知らないのは事実。
それでも大丈夫か?」
心配してくれた彼に、俺はまた感謝を述べる。
「ありがとう…なにからなにまで。
妹のことはこれから覚えていくから大丈夫。生きて…幸せに暮らしてるならそれで構わない」
「…妹は幸せに暮らしてるさ。だから安心しろよ」
そう言って、ニコリと笑う理人(りひと)。
理人は、聡一と一緒に、現代世界へと戻った。
俺のダメなところって、こうなんだよな。結局、他人に甘い。誰かが不幸になるかもしれないという最悪な事態を知っておきながら。
ため息を吐いて、俺は貰った手紙を読んでみる。
「……はは、家族全員、幸せそうだ」
そこには、母親と父親、そして聡一と妹とで映った、家族写真が挟まれていた。
7/24/2025, 2:41:19 PM