Nakeyanake

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ぬるい湿気を孕んだ空気が、肌にまとわりつくような夜だった。
網戸越しに響くセミの声に急かされるようにして、僕は家を出た。
​駐輪場で自転車を引き出し、サドルに跨る。歩くのもいいが、今はもう少し、自分から風を迎えに行きたい気分だった。街灯の下に群がる虫たちを横目に、ゆっくりとペダルを漕ぎ出す。停滞していた夜の空気が動き出し、シャツの隙間を涼やかに通り抜けていった。
​外に出たのは、特に理由があったわけではない。悩みがあるわけでも、空腹なわけでもない。ただ、部屋の天井を見つめているよりも、動いている空気の中にいたかったのだ。
​住宅街の細い路地を抜け、大通りに出たところで足に少し力を入れる。歩きよりも速く、車よりも遅い絶妙な速度。向かってくる風に身をゆだねていると、体感温度が下がり、思考がじんわりと透明になっていく。
​夜風で体温のぬるさを切り離した頃、目についたコンビニに自転車を停めた。何を買うかも決めずに、自動ドアをくぐる。明るすぎる店内で、特に欲しくもないアイスのパッケージをぼんやりと眺めた。結局、喉を潤すためだけに紙パックのカフェオレを一つ買い、店を出る。
​帰り道、ふと見上げると大きな月が浮かんでいた。建物の影から抜けて、月光に照らされた道をゆく。
「明日もまた、暑くなるな」
そんな当たり前のことを思いながら、少しだけ軽くなった気分で、再び夜風の中へペダルを漕ぎ出した。

5/15/2026, 6:11:23 AM