『雨と君』
彼女は記録的と言われているほどの大雨の中、公園の砂場で一人立ち尽くしていた。
傘を差すわけでもなく、歩き出す気配もない。雨はただ彼女から体温を奪っていくだけでなく、腰まで伸びた綺麗な黒髪や、彼女が纏っている僕と同じ高校の制服も水が滴るほどに濡らしている。
彼女の名前は春夏冬小夜。僕の通っている高校で知らない人はいないくらいの有名人だ。美人で勉強ができ、運動もできるという漫画から出てきたかのような人だ。陰キャな僕でも名前は知っている。勿論話したことはないけど。
そんな彼女が今、雨に濡れながら空を見ていた。何かを言うわけでもなく、ただその場で。
ここでさっと傘を差し出し、スタイリッシュにその場を去れれば最高だ。……だったのだけれど、残念ながら僕も傘を忘れていて全力ダッシュ中だった。もう僕の制服もびちゃびちゃである。
そして何よりも、僕は陰キャでコミュ障だ。そう、仮に傘があったとしても話しかけられない。
ということでその場を去ろうと思い、後日風邪確信全力ダッシュを再開しようと彼女から目を逸らそうと——
「…………」
「あ」
合ってしまった。完全に目が合った。というか現在進行形である。
次の瞬間、彼女が近づいてきた。砂場から公園の入り口付近にいる僕の場所まで来るつもりだろう。
足が動かない僕はただ彼女を待っていることしかできず、時間が過ぎていく。
そして十数秒経過し、僕の目の前に立つ彼女は口を開いた。
「ねぇ、私と旅をしない? 遠い遠い、どこかにさ」
「……え?」
初めて会い、初めて会話し、その後も色々な初めてを経験していく。雨が濡らす僕と君との話。
9/7/2025, 1:18:39 PM