人が住まなくなった街を、植物が飲み込もうとしていた。
休憩できる場所を求めて立ち寄った街は廃墟だった。壁や屋根の崩れた建物がそこかしこに散在し、舗装のひび割れた道路が蜘蛛の巣みたいに伸びている。ガラスの外れた窓から、食器の並んだテーブルが見えた。まるで先ほどまでそこで誰かが暮らしていたかのような痕跡があちこちに残っているが、ここで息をするものはもういない。
耳鳴りがしそうな静謐の中を歩いた。ひびの隙間から顔を出す雑草を踏みしめる音が響く。かつての支配者だった人間が消えた空間を、自然が必死にその手に取り戻そうとしているかのようだった。元は白かったであろう壁を深緑の蔓が何重にも這い回り、背丈ほどもある雑草が庭のブランコを覆い隠している。
名前も知らないその蔓植物に、白い花が咲いていた。
見渡せば、あちらこちらに、慎ましく花弁を広げる白い花。街の死骸への弔いのようでもあり、植物の再生の祝福のようでもあって、どこか不思議な光景だった。じっと見つめていると、悪い夢でも見ているような気分になる。それでも目を離すのは惜しいくらい、人のいない世界で咲き誇る花々は、美しかった。
一休みしようと思って立ち入ったのに、ここはおまえの居場所ではないと言われている気がして、わたしは腰を下ろすことなく立ち去った。わたしの足跡も、すぐに彼らに飲み込まれるのだろう。
(架空日記3 イチル)
7/23/2022, 2:05:31 PM