織川ゑトウ

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『言の葉と人生』

ある東京の骨董店であるはずの古屋。
東京と言えば街中のオシャレなアンティーク店などを思い浮かべるだろうが、
東京の方では大分端なゆえ、街の灯りも届かるまい。
アンティークと言う名の音も、もう耳には届かるまい。

今は春日の夕星を、生温く桜の落ちた縁側にてひっそりと眺めている。
縁側には、金が無く仕方なく選んだ継ぎ目の無い机代わりの板と、
少し冷めたであろう緑茶が、仲良く冷たい床に「こんばんは」と語りかけている。
あの時から、何年たったであろうか。
私が骨董店を始めてから早十数年…
長くもあり、短くもある人生の一部。
骨董が昔から好きだった訳ではないが、妻が好きであったので仕方なく。
最初は骨董など分かりもしなかったが、まぁ、分かる必要もなかった。
骨董を見続け数年たったある日、私は執筆活動をするようになった。
人生になんの興味も持ってこなかった私が、
今さらなにかに興味を持つなどと少し可笑しな話ではあるが
日々骨董を眺めていく内に、日々美しながらも朽ちていく様に、
人間として、生きているものとして、
何かを残しておく義務があるのではないかと思うようになったのだ。

しかし、執筆活動をするにあたっても
人通りの少ない路地にひっそりとあるだけの店じゃあ中々儲けもないもので。
机すらも買えず、仕方なく頭ほどの大きさの無駄に綺麗な板で我慢し、
ペンもインクも数少ない友人からの受け取りもので。

しょぼい物であるが、一応書けないことはないであろう。
まず手始めに、一番最初に目に入った少し曇った水晶玉について執筆することにした。
水晶を拾った貧しい女がその水晶に魅入られていくミステリー小説だ。
一見して、執筆はただ言葉を連ねていくだけで、
簡単でつまらないようなものに思っていたが、これが案外難しいのである。

まず私はストーリーの構成から入った。
蛇口のようにアイデアがどばーっと出るわけではない私は、
きゅきゅっと固く締められた蛇口から少しずつ水を捻り出していく。
そしてその構成が思いつき、
やっと書こうと意気込んだところで蛇口は再度締まってしまった。
そう、いざ書こうとなって書くと何故か違う言葉が頭に出てくる。
構成に当てはまる言葉を探そうと、瞑想等々してみても、
やはり当てはまるものがない。
仕方なく私はまた書き直し始めた……

そういった感じの始めであっただろうな。私の執筆活動は。
今はもう、千編もを越えるものを書き、人々の目に入るような存在になった。
そんな私が君に問うてみるのだが、

君は、何故執筆をしている?

私は、何か残しておく義務があるのではないかと思うようになったからだと言ったな。

では、君は?

正直、君の返答に興味があるわけではないのだよ。
だが、君の思考回路に、これからの人生に、選択に、私は好奇心が押さえられないのだ

人生とは複雑で曖昧であるな。
人として生きることが許されているから、人の生と書いて人生。
人という存在が曖昧であるが故にいろんなものが曖昧になっていく。

だがしかし、言葉という確立したものを人が理解し、発することで、
人は生き物としての生を達観する。

そして、死ぬ時までも言葉を紡ぎ、後世に残し輪廻へとまた旅立ってゆく。
言葉とは、人が生まれながらに持つものであり、
また、人生の終止符を打つためにあるのだよ。

さて、少年少女よ。
書き残したこと、言い残したことはあるかな?
あるのであれば、その言葉を止めてはいけないよ。


お題『終点』

※夕星(ゆうつづ)=夕方に見える星。宵の明星。明の明星。
※達観(たっかん)=全体を広く見渡すこと。ものの心理や道理を極めること。

8/10/2023, 3:45:55 PM