薄墨

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秋の虫の声が聞こえる。
星が静かに瞬いている。
秋分を過ぎてから、静かな夜の闇には、秋の音が漂うようになった。

一人の部屋で、絵を描き、並べる。
関節が滑らかな球体になった絵が、丹念にお気に入りに登録されている。

「心の健康を取り戻しましょう」
私のお気に入りのイラストを見た友人も家族も同僚もAIも検索エンジンも、みんなこぞってそう言った。

夜更かしをして、絵を描き続けた。
一般向けの漫画にもポルノにも、琴線に触れるような絵はなかったから。

異常性癖。
そんな言葉を知ったのはいつのことだったろうか。
自分の嗜好がそのカテゴリに含まれると気付いたのは、いつのことだったろうか。

心の健康。
その言葉が、正義の皮を被ったまま、自分の嗜好を踏み躙り、普通を強要すると気付いたのは、いつだったろうか。

涼しげな虫の鳴き声が、窓の外から聞こえる。
暑い風が、風鈴を微かに揺らす。

手足の欠けた少女と、絵の向こうから目が合う。

現実のそういう人を、性的な目で眺めているわけではない。
誰でも良いわけではない。
法に抵触することを行なったわけでもない。
思春期にトラウマになるようなことがあったわけでもない。

ただ、好きな嗜好がそれだっただけ。

心の健康が害されたわけでも、辛い子供時代を過ごしたわけでもない。

ただ、気付いたら、そういう嗜好だった。

そんな言葉を、いったい誰が信じてくれただろう。
自分の嗜好への説明は、今でも喉の奥で腐り果てている。

虫がなく。
コロコロ、リーリー。
日中の蝉よりは遥かにか弱く、でも確かに鳴いている。

風鈴が揺れる。
私は、一人机の上のイラストを片付ける。

時計が12時を打つ。
虫の声が背景をゆっくりと流れていく。
空には星が輝いている。

風がゆっくりと短冊を揺する。
風鈴の音が、闇に吸い込まれて、いつまでも響いていた。

8/13/2024, 1:18:00 PM