“秋恋”
深夜一時の屋上にはいつも先客がいる。息を潜めて慎重に、内緒で複製した鍵をつかって忍び込む寮の屋上には、今日もまあるい頭の後ろ姿があった。生まれつき、色素が薄いのだという明るい髪に月の光が差し込んでまるでそこにも月が浮かんでいるみたいに白く浮き上がってみえる。キレイだなと思いながら俺は一歩一歩とその月に向かって歩を進める。
きっともう俺が来ていることに気づいているだろうに、彼はぴくりとも動かない。ただコンテナを逆さにしただけの即席のベンチにちょこんと座って、鼻歌を歌っている。俺も何も言わずに近くに置いてある壊れかけの椅子に座って、持ってきていた本を広げる。ここに来る度同じ本をもってきていることにだって、きっと気づいているだろうにやっぱり彼は何も言わずにじっと空を見つめている。
今日の歌は俺の知らない歌だった。日中の彼の、不遜な姿からは想像もできないような柔らかくて温かいその歌声を知っているのはきっと俺だけだと思うとなんともいえない優越感を覚える。少し勿体ない様な気持ちもするけれど、やっぱりこの歌声を聴けるのはこの屋上でだけがいい。大して読んでもいないのに、俺はなんとなくでページをめくった。
普段の彼を例えるならば取り扱い注意の傷だらけの湯沸かし器あたりだろうと思う。喜怒哀楽がはっきりしていて、特に怒りの沸点が低くすぐに怒る。怒ると手が出て足が出て、鼓膜が破けそうなほどの怒鳴り声も出る。正直に言えば苦手なタイプだ。だけど。
深夜一時の屋上に、ひっそりと座る彼はまるでタマノカンザシの様だった。夜に白い花を咲かせる姿が、月明かりに照らされながら静かに歌う後ろ姿によく似合う。
ああ、好きだなあとその横顔を眺めて思う。ため息をつきたくなるような綺麗な横顔を、できれば夜の屋上でだけでなくずっと横で見ていたいと、気づけばそう思うようになっていた。友情では収まらない感情を俺は今日も持て余しながらページをめくる。彼の鼻歌はまだ終わりそうにない。
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その内修正します
9/21/2024, 2:42:37 PM