小さい頃、両親から苺の苗を貰った。
「愛情込めて育てれば、うんとおいしい苺が出来るよ。
自分の子供だと思って可愛がると良い」
その言葉を真に受けた私は、その日から我が子の様に愛情をたくさん込めて育てた。
ある時は園芸の本を読んで実践し、ある時は声をかけるのがいいと聞いて毎日声掛けをした。
水やりを忘れたり、病気になったり……
たくさんの困難にあいながらも、なんとか枯らすことなく世話をした。
そして一年後、愛情をかけた甲斐があり、苺は大きく育った。
……私の背丈ほどに……
◇
「大きく育ちすぎじゃない?」
私は思わず呻く。
「成長期だからよ」
そう答えるのは、目の前にいる苺の木――イチコと名付けた巨大な苺だ。
「それにしてもイチコが話せるようになるとはね……」
「ママが毎日話しかけてくれたもの。
言葉くらい話せるようになるわ」
「そう言うもん?」
納得できないが、実際になっているのでそう思うしかない。
「ところでママ、お腹空いたから肥料をちょうだい」
「ダメよ、イチコ。
今朝あげたばっかりでしょ」
「成長期だから、すぐお腹がすくの」
「ダメ、太ってしまうわ」
「大丈夫よ、栄養は全部苺に行くもの」
「そう言うもん?」
納得できない(2回目)が、実際たくさん苺を付けるのでそうなのかもしれない。
「とにかく、肥料は駄目です!」
「いいじゃん、ケチ!」
「だーめ」
「苺食べていいから!」
「取引には応じません!」
「……実はとびっきり大きくて甘い苺を作ろうと思っていてね」
「仕方ないなあ」
イチコに肥料をやるべく、ジョウロに水と肥料を入れる
我ながらイチコに甘い。
少しワガママに育て過ぎた気がするが、仕方がない
だってイチコ、可愛いし。
苺も食べさせてくれるし、WIN-WINだ!
これからもたくさん可愛がってあげよう
そんな風に、私はそたくさんの肥料をイチコにあげた。
イチコと話しながら苺を食べる
幸せな時間だった
けれど、私は愛情というものを勘違いしていた。
甘やかすだけで、叱らないという事が何を意味するのか、その時の私は知らなかった。
肥料をあげ続けて一年後。
イチコは暴走した。
◇
「肥料寄越せえぇぇぇぇ」
イチコが肥料を求め、街で暴れていた。
ビルくらいの大きさになったイチコは、私のあげる肥料では足りなくなったのだ
最初は虫、次に鳥や小動物を捕獲していたのだが、それでも足りずついに街に繰り出した。
今でこそ人間には被害が出ていないが、それも時間の問題。
早く止めなくちゃいけない。
「イチコ」
私は暴れているイチコに呼びかける。
すると、暴れていたのが嘘のようにイチコは大人しくなった
警察や軍隊でも手が出せないほど暴れまわるイチコだが、私だけは手を出さない。
「ママ、そこをどいて。
私、お腹減ってるの。
今は我慢できるけど、そのうち我慢できなくなる」
イチコは辛そう叫ぶ。
その様子に、私の胸はぎゅっと苦しくなる
「お願いママ、すぐにここを離れて。
でないと――」
「イチコ、ここで終わらせよう」
私は持っていたジョウロをイチコに見せる。
特別強力な除草剤が入ったジョウロだ。
直接与えないと効果がないが、計算上イチコを枯らせることが出来るんだそうだ。
そのため、イチコに攻撃されない私が、ここまでやって来た。
イチコを枯らすために。
「……ママ、私を枯らすの?」
「ゴメンね。
イチコが辛そうな所、もう見てられないの」
「ママ……」
私は一歩一歩イチコに近づく。
イチコが癇癪を起すかと思ったけど、私が近づいてもイチコは何もせずただそこに佇んでいた。
「イチコ、ごめんね」
「謝らないで、ママ。
私が悪いのよ。
たくさん肥料を要求した私が……」
「ううん、私が悪いの。
私、愛情を勘違いしてた。
イチコの願いを全部叶えることが愛情だと思っていたけど、適度に怒るのも必要だったの。
私、ママ失格ね」
私はイチコの根元まで来た。
あとは除草剤をかけるのみ。
だって言うのに、私の手は少しも動かなかった。
「やっぱり出来ないよ。
イチコは私の子だもん」
「ママ……」
目が涙で溢れる。
イチコがここで死ぬのは間違っている。
だって悪いのは私だもの。
「ねえ、イチコ、他に方法があるはずだよ。
一緒に探そう」
「ママ、ありがとう。
私を信じてくれて……」
「当たり前だよ!」
「でも甘いわ」
イチコは葉っぱをまるで手のように動かし、私からジョウロを奪う。
「これでママは、私を殺すことは出来なくなったわね」
「イチコ、どういうつもり!?」
「ごめんなさい、ママ。
私たちは一緒に生きられないの」
「イチコ!」
「さよなら」
そう言って、イチコは大きな葉っぱを振りかぶる。
私はそれを見て、『これは罰なんだ』と思った。
イチコをちゃんと育てられなかった悪いママに対する罰。
甘んじて受け入れよう。
私は死を覚悟し、心の中で静かに受け入れた。
だけど、何も起こらなった。
その代わり、イチコは自分自身に除草剤を浴びせかけた。
私はイチコの突然の行動に何もできず、見ているだけだった
「イチコ、なんでこんな事を!」
「だってママ、私の事好きでしょ。
絶対殺せないと思ったもの」
除草剤が効いたのか、イチコは見る見るウチに萎れて小さくなっていく。
私より小さくなるのには時間はかからなかった。
「でも自分でやることないじゃない!
私がやるべきだったの!
私が!」
「いっぱい愛してくれてあありがとう」
「イチコ、しっかりして
ママの肥料、おしかった――」
「イチコ!」
私はイチコに呼びかける。
でも返事はなかった。
イチコは死んでしまったのだ。
私が悲しみに打ちひしがれ、大声で泣きそうになった、その時だった。
「おぎゃあ、あおぎゃあ」
唐突に赤ん坊の泣き声が聞こえる。
「赤ん坊?」
避難は済んでいるから、赤ん坊がいるはずがない。
幻聴かと思ったが、泣き止む事は無かった
ぼやけた視界であたりを見渡すと、どうやら泣き声はイチコの後ろから聞こえているようだった。
私は涙を拭いて、イチコの後ろに回る。
そこにいたのは――
「小っちゃいイチコ!」
枯れたイチコから、一本のツタが伸びていた。
ツルの先に小さな苺の苗が葉を広げており、そこから泣き声は聞こえていた。
そういえば、と苺の本で書いてあったことを思い出す。
苺は、ランナーというツタを伸ばし、その先に自分のクローンをつくるのだと。
つまり、この小さな苺はもう一人のイチコなのだ。
その小さなイチコを見て、目からまた涙が溢れ出す。
「今度は間違えないから」
私はそっと、小さな赤ん坊を手で包み込んだ。
◇
一年後。
「はい、肥料」
「ありがとう、ママ」
私は今、イチコの遺したクローンを育てていた。
名前は、ニコ。
私の新しい子供だ。
「ママ、もっと肥料が欲しいわ」
「ダメよ。
大きくなりすぎてしまうもの」
「前の『私』みたいに?」
「そう」
「じゃあ仕方ないね、ママを困らせたくないし」
私はイチコの時の様に、言われるがまま肥料を上げることはしなくなった。
ニコが肥料を求めても、なんども『程々が一番』と説得した。
その甲斐あって、最近ではニコが理解を示してくれるようになってきた。
甘やかしてもいい時は甘やかし、叱る時は叱る。
イチコの時は出来なかったことが、今では出来るようになった。
完璧なママには遠いけれど、私頑張るね
「前から気になってたこと聞いていい?」
「なあに、ママ」
「私があげる肥料は特別美味しいって言うけど本当?
イチコも言ってたけど、他の人があげる時より喜ぶよね?」
「え、ママ分かんないの!?」
「そんなに驚くような事?」
「そうだよ、常識だよ!」
まさか喋る苺に『常識』を言われるとは……
ママって驚きがいっぱいだ。
「そっか常識か……
でもママは知らないから教えてくれる?」
「もちろん!」
ニコは嬉しそうに教えてくれた。
「ママの愛情が入っているからだよ。
愛情は最高のスパイスって言うでしょ」
11/28/2024, 1:41:50 PM