ボクは猫。部屋の片隅で、今、ご主人さまを見ている。
さいきん、年下の恋人を連れてくるようになった、タエちゃんを。きれいになったタエちゃん。もちろんもともときれいだったけどさ。
「多恵子さん、ねこ、ーーピアノくんがじっと俺を見てるんですけど」
タエちゃんの恋人。とのやまとかいう若造は、ご主人様を抱き締めつつボクをおずおず盗み見る。
どうやら猫が苦手らしい。タエちゃんのところに泊まりに来ると、どこかしら緊張している。
「それは、あなたが珍しいのよ。今までここに男の人、来たことなんてないから」
「なんで名前が【ピアノ】なんですか?」
「ん、実家でね、ピアノの上で丸くなるのが好きだったの。だからピアノくん」
私はピアノ、弾けないんだけどね。とタエちゃんは照れくさそうに笑う。
「へえ……」
それよりも、ととのやまとかいう若造が、タエちゃんの耳にそっと口を寄せた。
「いつになったら俺のこと、下の名前で呼んでくれるんですか?」
「そ、それは……」
いい雰囲気。カップルのイチャイチャが始まる気配。ボクは自慢じゃないが、そういうのに敏感なんだ。
だから腰を上げ、しゅっと二人の足もとに纏わりついた。
「うをっ」
頓狂な声を上げる。ボクはわざとがじがじとやつの足に歯を立てた。
「いて、てっーーピ、ピアノ、かじってる。齧ってますよ」
とのやまはボクが甘噛みしても、タエちゃんを抱く腕を離さなかった。
む。あんがい見上げた根性だ。ボクは、「こらやめなさい、ピアノったら」としきりにボクを引っぺがそうとするタエちゃんを見て、なんだか切なくなってより一層歯に力を込めてしまうのだ。
#部屋の片隅で
「紅茶の香り8」
12/7/2024, 11:36:03 AM