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『二人だけの。』


「今が永遠になればいいのに。」

君が言う。


月に照らされた波が、優しげな音を奏で二人の元をいったり来たり、繰り返す。
今日の海は一段と冷たい。と、君が呟く。
今宵の海はよほど冷たいのだろう。


君が続ける。 

「二人だけでゆっくり話せるのは、何十年ぶりかな。」

どこか懐かしそうな表情で問いかける。


「さっきも言ったけど、今時が止まって永遠になればいいのにね。」

そう言い、寂しく笑う。


現実はそう上手くはいかない。
お互い永遠などないと分かっている。
僕の体温を奪う波が、分からせてくる。

もう、永くはないのだと。


「どうしてこうなってしまうんだろうね、」 

海を見つめて、ひとり言のように君が呟いた。


「そうだ…、言い残したことは、ないの?」

月のように美しい琥珀の瞳が、僕を捉える。


少ししてから、僕はゆっくり力を振り絞り、答えた。


「…月が、綺麗、だ。」

その言葉に驚いたのか、目を見開き、動揺したように俯く。

僕と君の二人にしか聞こえない声で、絞り出すように言った。


「そんなの知ってるよ、ずっと前から…」




これが最後の、二人だけの時間。




僕の意識が遠退くなか、

君は、

とどめの一撃を落とした。



7/15/2025, 4:28:32 PM