Apollo

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 昔から大事なところでツイてない。幸運と不幸の分岐点で必ず不幸に舵が切られる。そういう運命なんだ。よく知ってる。
 だから第一志望校に受からなかったことも、なぜなら受検日の朝から急に奥歯が痛んで涙が止まらなかったせいだということも、初めての親知らずの腫れがよりによって受検の日に重なったことも、取り乱すことなく受け止めることができた。幼稚園の遠足もお誕生会も、小学校の修学旅行も、中学校最後の体育祭も、ことごとく出られなかった自分。自分を慰めるのにも神様を恨むのにも、もう飽きてしまった。ただ淡々と日々を繋げていくだけ。
 ……ちょっとだけ夢は見ていたけれど。第一志望の高校で、勉強と部活と青春に忙しい毎日なんてものを。いいんだ、夢は所詮夢なんだから。夢と現実は違う。だから面白いんだ。……きっと。
 はあ、とため息を漏らす。
 こんな寒い日に、ホームで待ちぼうけを食らってるオレ。とは言え、事故による遅延なんて別にそこまで珍しいことじゃないから、取り立てて不幸だと言えるほどのことでもない。
 ……あーあ。
 人生諦めモード、徹底させてるはずなのにな。
 ホームの向こうに目を凝らす。アナウンスがないうちは電車が来るはずもないけど、足元を見ていたら涙が落ちてしまいそうで。
 嫌な予感がしてたんだ。期待に蓋をして門をくぐった入学式の会場で、彼女を見つけてしまった時。
 好きになったら痛い目を見る。打ちのめされることになるから好きになるな。
 って、自分を戒めてきたつもりだった。そして思ったとおりにオレは今日、知らない男と手を繋いで歩く塾帰りの彼女を見てしまった。しかも、よりによって、その男はオレの第一志望だった高校の制服を着ていた。
 こんなことってあるもんかな。
 線路を見ていても無理そうで、オレは天を仰いだ。重暗い空には月すら見えない。
 はぁ……
 どうせ誰も見てない。涙が溢れるのを諦め、ゆっくりと目を閉じた。その時だった。
 ガシッ!
 突然の衝撃にオレは半歩ほど横に左足を踏ん張らせ、慌てて右腕に目をやった。
「あ、危ないですっ!」
 腕にしがみついた女子が震える声でそんなことを口走るから、近くにいた人達が驚いてオレ達に注目したのがわかる。
「え、な、なに?」
 狼狽えるしかできないオレを、女子は真っ赤な顔で、
「だめですっ!」
 と咎めた。

「ほんとに、すみません……」
 消え入りそうな声で謝る女子に、オレはペットボトルを1本奢ってあげた。びっくりしたけど、悪意があったわけじゃないのはわかったし。勘違いだとわかってからのしおらしい感じがギャップで面白かったから。
「わたし、なんかこういうとこがありまして……ご迷惑おかけしました……」
 涙目で俯く様子が可笑しい。この子なりの正義感に弾かれて、瞬発力だけを頼りにオレの腕を掴んだんだと思ったら、ヤバイ奴だと思う気持ちを上回る好奇心が湧いた。いいな、こういうパワフルな感じ。
「確かに落ち込んでたから、そう見えちゃったのかも」
 オレがフォローを入れると、女子はブルブルと首を振ってまた自分を責めてから、急にきょとんと丸い目を向けてきた。
「落ち込んでたんですか?何かあったんですか?」
 ストレートな疑問。テンポを合わせるのは大変そうだけど、ちゃんと友達とかいるんだろうか。
「うん、まあ。でも、もういいんだ」
 目の前の奇妙な現実で胸の痛みもごまかされてる。でも、だからって、初対面の女子とこんなに話すなんて、どうかしてる。
 これは夢かな……
「夢?」
 間髪を入れずに問い返されてオレはビビった。無意識に言葉に出てしまっていたらしい。
「大丈夫ですか?」
 女子の訝しそうな表情が可笑しくて、自分が笑顔になったのがわかった。調子が狂う。でも、悪い気がしない。この分岐点は不幸に向かっていない気がする。この子のもつ圧倒的なパワーは、オレが恐れる不幸なんかものともせずに爆走していきそうだ。どこを選んでも結局は幸福にゴールできる、そんな強さを感じる。それはオレに決定的に足りない要素に違いない。
「大丈夫。現実だから」
「え?」
 ますます眉間のシワを濃くする女子。オレは構わずに続けることにした。この子になら素直に言っちゃってもよさそうな気がしたから。勝手ながら。
「オレ、夢と現実なら夢がいいと思ってたんだけど」
「え?夢と現実?なに、急にどうしたんですか?怖い怖い!どっち系?この話」
 女の子は明らかに焦りながらも笑顔になった。いいな、この感じも。
「怖い?オレは現実もけっこういいなって思ってるとこ」
「え、怖いです!あの、怒らないでくださいね?でも、ちょっと、変っていうか。言われません?変わってるって」
「言われない。そっちこそ、言われない?」
「失礼ですよ!助けようとした人に向かって。……まあ、たまに、言われますけど……」
 自動販売機の前で始まったズレた会話。切られた運命の舵。もう運命を感じてるけど、たぶん間違いない。今までの分岐点がここを目指していたとしたら、決して悪くない進路だ。そう思わせてくれる世界が、この先に待ってる気がする。
 やっと電車が動き始めたというアナウンスが響く中、ズレながら妙に噛み合う会話は途切れることなく続き、オレは新しい進路に力強く1歩を踏み込んだ。運命というものに、生まれて初めて感謝しながら。

《夢と現実》

12/4/2024, 2:13:17 PM