田中ボルケーノ

Open App

近くの定食屋でお昼を取っていたら、伊藤から

部長がハマりました
すぐ戻れますか?

とLINEがきた

意味はわからなかったがどうやら緊急の案件らしい
親子丼をかき込み急いで会社へ戻る、と

確かに部長がハマっていた
自社ビルと隣のビルとの狭い隙間にスッポリと

伊藤が汗だくで部長を引っ張っている
部長は怪訝そうな声で、伊藤、もう少しなんとかならんのか、と怒っている
これは手伝った方が良さそうだ

なんで部長がハマっているのかはわからないけど、とりあえず一緒に引っ張ってみる

部長は痛がるばかりでビクともしない


部長、大丈夫ですか?

と、声をかけると

いいから早く抜け!

と首をあっちに向けたまま怒鳴られる

自分でハマっといて何をカッカしてんだよこのハゲは、と呆れてたら

思い出した

そういや、部長、午後から大口の商談が控えてるんだった、と

商談は部長が不在では成り立たないし、
社内的にも商談中に部長がハマってたなんて社長の耳に入ったら大事になる

なるべく事は荒立てない方が良いが、人手がいる
この時間、営業部は全員出払っているし、どうするのがベストか、逡巡し伊藤に指示を出す


総務の前田さん呼んできて、社内にいるはず

伊藤に呼ばれた前田さんは最後方から屈強な体躯で僕を引っ張る
引っ張られた僕が全力で伊藤を引っ張り、
伊藤は顔を真っ赤にして部長を引っ張る

ダメだ、抜けない

三人とも息も切れ切れにもう諦めようか、と思ったその時、
経理の山下さんがお昼を終えて戻って来たのが見えた

前田さんの後ろに山下さんを配置し、全員でもう一度引っ張る

山下さんはハイヒールを折りながらも懸命に引っ張った、が

やはり、ダメだ、部長はピクリとも抜けない

時刻は間もなく13時

もう取引先が見えてもおかしくない

今度こそはもうダメか、と諦めかけたその時

花壇の水やりにきた庶務課の美幸ちゃんと
午後の集配に来た黒猫宅配の担当が通りがかる

これが最後のチャンス
やるぞ、と披露困憊の伊藤に声をかけ
全員で配置につく

黒猫さんが全力で美幸ちゃんを引っ張り、美幸ちゃんが山下さんを、山下さんが前田さんを、前田さんが僕を、僕が伊藤を
そして伊藤が部長を

うんとこしょおおおお!!
どっこいしょおおおおおお!!


全員で

部長を引っ張る

全力で

力を込めて


せえええええーのっ!!!



            『力を込めて』

10/7/2024, 12:16:51 PM