かたいなか

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「また明日『会いましょう』、『今日も、』また明日『も、フェアが開催される』、また明日『頑張れば良いや』。別れネタと日常ネタと、他は?」
去年は「昨日へのさよなら、明日との出会い」だったから、「昨日を代償に今日をすっぽかして、明日まで時間をスキップ/また明日」みたいなハナシを投稿したっけ。某所在住物書きは過去作を辿り、首筋を掻いた。書きやすくはなった――比較的には。

「『夕焼け小焼けで』?『いいないいな』?」
ダメだ。加齢のせいで執筆の引き出しが固くなっちまってる。 物書きは書きやすい投稿ネタをネットに求め、「また明日」で検索を、
かける前に、昔々の番組のエンディングテーマを思い出し、しかし執筆に結びつかずため息を吐く。
「……お題受け取ってポンポン読みやすくて魅力的な小説すぐ書けるにんげんって、いいな」
執筆→投稿→また明日、→また明日。

――――――

都内某所に勤務する、雪国出身者の藤森。
結婚経験も無いのに「旧姓」持ちで、藤森を名乗り始めたのは9年前。その前は「附子山」といった。
詳しくは過去作5月16日投稿分参照であるが、
スワイプがバチクソ面倒なだけなので、割愛する。
以下は附子山/藤森が、初めて恋した筈の人と、
9年前、バッサリ縁切り離れる直前の話。

――「相変わらずスマホで田舎の写真とか見てる」
年号のまだ平成であった頃。都内某所の、ありふれた職場。ありふれた終業直後。
「ねぇ、あのレッドカーネリアンのミラーピアスは?いつになったら付けてくれるの?」
帰宅の準備をする、当時まだ旧姓であった頃の「附子山」。隣に寄り添い話しかけてくる者がある。
附子山がつい数ヶ月前まで、心を寄せ、恋をしていた筈のひと。名前を加元という。
元カレ・元カノの、かもと。登場人物のネーミングの安直さはご容赦願いたい。
「絶対似合うと思う。付けて、見せてよ」

附子山に、表の現実で甘い言葉をささやき、裏の某呟きックスアプリで、毒と愚痴をばら撒いた加元。
附子山の顔と第一印象に惚れたのは良いものの、
都会の活気より田舎の自然を愛する価値観と、優しく誠実な内面に、酷い解釈違いを起こした。
「ここが地雷」「これはあり得ない」「頭おかしい」と、陰でぽいぽい投稿しながら、それでも附子山と決して離れなかったのは、
ただ「顔の良い恋人」のアクセサリーを、己を美麗に飾るミラーピアスを手放したくなかったから。

ひょんなことから愚痴は発見され、加元に恋していた筈の附子山の心と魂は壊された。
附子山が姓を「藤森」に変えたのは、珍しい名字を捨て行方をくらまし、加元から逃げるためである。

「耳に穴を開けるのが怖いんだ。痛そうで」
どうせこの発言も、「あいつあの年でピアスも付けてない」だの、「耳に穴開けるの怖がってる。解釈違い」だのと裏アカウントでなじるのだろう。
附子山は予想し得る投稿に軽く短くため息を吐き、最大限の平坦な表情と声で、無知と平静を演じる。
「あなたが、私の贈ったカードミラーを使ってくれたら、私もピアスをつけるよ」
附子山は乾笑した。加元が附子山からの贈り物を、当日のうちに売っ払っていたことを、投稿により承知の上での交換条件であった。

「使ってるよ。すごく使いやすくて、役立ってる」
「そう。それは良かった。

……じゃ、また明日。加元さん」
「うん。また明日。附子山さん」

――その後数ヶ月もせぬうちに、附子山は離職して、加元との繋がりを「すべて」断ち、「藤森」として居住区も職場も変えた。
9年後の現在、どのような後輩を持ち、いかに不思議な子狐と交友を深めるに至ったかは、
過去投稿分で、推して知るところである。

なお肝心の加元はというと、
己の恋のアクセサリーたる附子山が勝手に居なくなったことが相当に癪だったらしく、
9年経過した今年の3月、自分で突き止めた藤森の職場に中途採用として就職、
したのはしたで、良かったものの、
附子山が改姓した本当の理由を知らず、「自分を置いて結婚したのだ」と完全に勘違いして、
勝手にひとり、絶望的にショボンしておったとさ。

5/23/2024, 4:37:21 AM