疎外された男

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過ぎた日を思う

秋の夕方の事でした。その日は割りと暖かい日でありましたが、道に連なった木立が風にそよそよと打たれるのを見ていると、寒さが背中にかじりつくようでした。
「冬も近そうですね、家まで送りましょう」
そう先生がおっしゃるので素直に甘えることにしました。会話はほとんどなく、風の音のみが会話をしていました。私は何だが沈黙を貫きたい衝動に駆られて、思い付いた話題を先生に投げ掛けました。何て事ないただの友人の話ですが、先生は不快な顔を一つせず相槌を打ってくれました。私は自身の成功を喜びながら、どんどん饒舌になっていきました。
「成る程。つまるところ貴方はその友人を信頼しているのですね」
「ええ、もうずいぶん長い付き合いですから」
「そうですか、しかしね、あまりにも相手に自我を明け渡してしまう行為はお勧めしませんね」
私はこんなことを言われるとは思っておらず、反射的に口を閉ざしました。しかし直ぐに何故そんなことを言うのかと問いました。図らずも声には少し怒気がこもっていたような気がします。友人とは己のよき隣人であると私は固く信じていましたから。
「いや、貴方を傷つけるつもりはなかったのですが、申し訳ない。言葉足らずでしたね。つまるところ私が言いたいのは、自分の芯をしっかり持っておくことなのですよ。此は誰にも渡してはいけないものです」
その時の先生は妙に真剣でなぜか目が離せませんでした。先生は夕日の先のどこか遠くを見ているように私は感じました。私は頭に思い浮かんだ疑問をふと口にだしました。
「先生にも信頼がおける友人がおられるのですか?」
その瞬間先生がはたと立ち止まり、つられて私も立ち止まりました。場の雰囲気は一気に変わり、辺りを緊張が包みました。先生の表情は丁度影になっており此方からは伺うことが出来ませんでした。私は直ぐにしてはいけないことをしてしまったと悟りました。しかしながら、この場の決定権はもう私にはありませんでした。私は張り詰めた空気のなか勇気を出して先生の反応を祈るようにまっていました。
「ええ、いました。いましたとも」
ややあって先生は答えました。先生にしては珍しい、ぎこちない笑顔を私に向けて答えました。私はもう二度と友人の話はしないと心の内に誓いました。

『先生と私』

10/7/2024, 4:52:32 AM