スタスタと広い廊下を歩き、大きな扉の前でピタリと止まる。
扉を大きくノックすると、中から小さな声がした。
『失礼致します。』
声をかけてから、ガチャリと扉を開ける。
部屋は真っ暗なはずなのにベッドのそばのライトがついている。
あかりのそばに寄ると、主人が布団から顔を出してこちらを見ていた。
『お呼びですか、お嬢様。』
優しく声をかけると、ムスッとした顔で彼女は答える。
「どうして早く来ないのよ。あなたが来ないと眠れないじゃない。」
『代わりにメイドがホットミルクを持っていったと思うのですが……。』
「あんなのじゃ、眠れないわ。」
布団の中で、そばにあるぬいぐるみをぎゅうっとしながら主張する。ちなみに、彼女は来年から高校生だ。
『お言葉ですが、お嬢様も来年には高校生。そろそろおひとりで眠ることが出来ないと、厳しいのではないでしょうかね。』
彼女が小さい時から、ずっと寝かしつけてきた。
今日は忙しかったのでほかのメイドに頼んでしまったが、そろそろ大人になってもらいたい。
一人で眠るくらい、小学生でも出来る子はいる。
優しく諭すように伝えると、お嬢様は目を伏せた。
少し無言が続く。
やはり怒っているのだろうか。
彼女の反応を待っていると、ボソリと声がする。
「………………よ。」
『はい?』
「大人でもきっと、一人は寂しいものよ。」
そう言った彼女の瞳はどこか虚ろだった。
お嬢様は、一昨年に旦那様と奥様……お父様とお母様を亡くされている。
きっと、傷がまだ癒えないのだろう。
それが余計に寂しさを倍増させているのかもしれない。
今は旦那様の弟君が会社を経営なさっているが、そこからはお嬢様が会社の跡を継ぐそう。
そのために、普段の学業とは別に会社の勉強もされているそうだ。本当にすごいお方なのだ。
普段こうして大人っぽく過ごしているからこそ、こういう時は子供に戻りたいのかもしれない。
色々考えた結果、一息ついてお嬢様のベッドに腰かけた。
『今から昔話をしますから、聞いたら寝るんですよ。』
お嬢様は目をきらきらさせ、布団をかけ直して聞く準備を整えた。
俺はそんな彼女の頭を撫でながら、昔話を話し始める。
子供の頃に祖母から聞いた話を、ゆっくりと話していく。彼女が眠れない時はいつも、この話をするのがお決まりだった。
話し終わる頃には、彼女のスースーと寝息が聞こえてくる。
『まったく……敵わないな。』
気持ちよさそうに寝ているほっぺをふにっと掴むと、ペシペシと叩かれたが、また幸せそうな顔に戻る。
一体どんな夢を見ているのやら。
まぁでも、この笑顔が見れるのはある意味役得なのかもしれないな、とも思う。
旦那様や奥様がいない今、この笑顔を守れるのは俺ら使用人達しかいない。
絶対に守り通そうと、改めて決意を固めた。
ゆっくりベッドから離れ、ライトを消す。
真っ暗だが、何年も続けてきたため扉までは簡単にたどりつけた。
起こさぬように扉のノブを回す。
振り返るとベッドでモゾモゾしている彼女が、廊下からの明かりでほのかに見える。
『おやすみなさいませ、良い夢を。』
俺は静かに扉を閉めた。
#眠りにつく前に
11/3/2023, 5:25:26 AM