モクレン

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『新しい地図』

ずいぶん長いこと旅をしてきたものだ。

疲れはてていた旅人は、宿に着くとすぐにベッドに体を投げ出した。体が鉛のように重く、マットレスにどこまでも沈み込んでいってしまいそうな感覚。
そのまま、気がつくと泥のように眠っていた。

目が覚めると、少しだけ気分が良くなっていた。しかし、起き上がる気にはまだなれず、そのまま上着のポケットから古びた地図を取り出した。

両親から渡されたその地図は、もう擦りきれてところどころ穴が開き、読めないところもあるくらいぼろぼろになってしまっていた。
大切な地図なのに、旅の間に雨に濡れてしまったことや、感情に任せて雑に扱ったことも一度や二度ではない。

もう旅をやめてしまおうか。

どこに向かっていたのかも、もうわからなくなってしまっていた。
すっかり気力を無くした旅人は、それから何日も何日も宿から出ず、何をするでもなく、部屋の中からただただぼんやりと窓の外を眺めて過ごした。

そんなある時、窓から美しい青い蝶が入ってきた。旅人が気まぐれに捕まえようとしたが、蝶はひらりと旅人の手をかわし、外に出ていってしまった。

旅人は、蝶をつかみ損ねた手を見つめ、ふと我に返った。

俺はここで何をしているのだろう。
ここは居心地良いが、変化がない。
つまらない。
外に出たい。
陽の光を浴び、風の匂いを感じたい。

旅人は、ついに動き始める決心をした。
不安がないわけではない。しかし、旅人は、それまでの旅で様々なことを学んでいた。
そう、自分でも気がつかないうちに。

どの木の実なら食べられるのかを知っている。
魚の取り方を知っている。
火をおこし、獲物を焼くこともできる。
危ない道を予測することもできるし、ケガをしたときの対処の仕方もわかる。

それまでの旅の経験が、これからの新しい旅の助けになるにちがいない。
大丈夫。なんとかなる。
よし。
どこに行こうか。
まずは新しい地図を手に入れよう。

旅人は宿から出てまぶしそうに目を細めると、一歩、足を踏み出した。

4/6/2025, 2:41:55 PM