「いかないで」
そうぽつりと呟いた。辺りは静観としており澱んだ空気が場を支配している。
「いかないで」
そう何度も何度も切望し、消え去る。
私はただそれを見送ることしか出来ない。腫れた目からは大粒の涙を絶えず流れている。大事にしていた髪はざっくばらんに拡がっていた。
遼遠の先にいる僕は慰めることすら出来ない。
すまない。そんな振動が彼女の耳に届くはずもない。
君が生きていく姿を見たかった。制服姿を見て、花嫁の姿を見ていたかった。君の笑顔が見たかった。
すまない、こんな父親で。
私の好きなアサガオで飾られた黒い箱の中からは、微動だにしない私がそこにはいた。
どうか許してくれ、離れ離れになることを。
どうか忘れてくれ、私の死に様を。
ずっとずっと近くてずっとずっと遠い場所で私は謝り続けた。
11/16/2024, 4:57:13 PM