香草

Open App

「きっと忘れない」

変な思い出というのは誰しもあるもので、私の場合はいちじくだ。
その果物を生まれて初めて目の前にした時、祖母が私にいちじくはいちごと栗を掛け合わせてできたものだと教えられた。
その奇怪な見た目とプチプチとした食感のせいで完全に騙されてしまった私はいちごの種とくりをこっそり集め庭の片隅に植えたものだった。
今でもそのエピソードは我が家の鉄板の笑い話だ。
正月やお盆など親戚一同集まり、酒を飲んでくだを巻く時は必ずこの話をされる。
正直当の本人としてはうんざりしている。
小さい頃の失敗を何年も笑われたらこちらも拗ねてしまう。
でも祖母も親戚も嫌いではないし、子どもらしく可愛いという理由で話されているから激しく怒ることもできない。
代わりにいちじくは大嫌いになった。

様子がおかしかったのは私が二十歳になった頃だった。
成人式をとうに済ませ、ビールのおいしさを知り始めた頃、祖母のもの忘れが激しくなった。
最初は買い物に出掛けて、必要なものを買い忘れるといった程度だったけれど、1年前から楽しみにしていたお友達とのお出かけの予定を忘れたり、家族で旅行にいくという予定を当日まで忘れていたり、だんだん激しくなった。
とうとうばあちゃんもボケたのかなぁ、歳って残酷だあ、なんて他人事のように考えていたけれど、とうとう飼っている犬の存在を忘れ出した時には、父や母も真面目になりだした。
いくらなんでももの忘れのスピードが速すぎる。
まだ私たちの認識があるうちに病院に行かなければならない。
そう言って連れて行かれた祖母の病名はアルツハイマー症。

祖母は私たちと一緒に住むようになった。
よく笑う人だったのになんだか怒りっぽくなって、まるでイヤイヤ期の子供のようになった。
かと思えば、いつものように私の名前を呼んで昔話をする。
どう接したらいいのか分からない。
おばあちゃんだけどおばあちゃんじゃないみたい。
まるで他人のような言葉を浴びせられると悲しいし、その分昔話をするとたとえいちじくの話だったとしても嬉しい。
感情が振り回されるのがしんどくなって私は祖母を避けるようになった。
きっと父や母だって辛かったにちがいない。
だけど若すぎた私は逃げるように部屋に閉じこもった。

ある日の夕飯時、ぼそりと祖母が言った。
「いちじくが食べたい」
珍しい祖母の要望に母はスーパーをはしごして買ってきた。
私は少し身構えた。いちじくが食卓に上るたびに笑われてきたから。
でも祖母は何も言わずにいちじくを食べた。
無言でむしゃむしゃと。
そして私に「嬢ちゃん食べるか?」と差し出した。
いちじくを見るたび何度も聞かされた話、あの時あの子いちごと栗を庭に埋めたのよ、と笑う祖母の声。
そのせいで大嫌いになったいちじく。
これだけはどこか忘れないと思っていた。
孫である私の名前を忘れても、存在を忘れてもきっと忘れないだろうとどこかで信じていた。
だってそれは私が祖母から愛されていた証だったから。
どれだけ成長しても祖母の中の私はいちごと栗をこっそり植えた可愛らしい女の子のままだったから。
私は泣きながら頬張った。
久しぶりに食べたそれはいつかの記憶と変わらず甘くてプチプチしていた。

8/21/2025, 11:18:15 AM