はす

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川沿いの桜の下に寝そべっている彼の着物の裾に、はらりと花弁が一つ落ちた。私も隣に座って、桜の散るのをただ眺めている。彼は目を開いて、小さく笑った。
「まさか、今日来てくれるとは思わなかったなあ。いつも誘っても来ないから」
「ほら、もう散ってきてるでしょう。そろそろ見納めやから」
「会いに来てくれたわけではないの」
「桜を見にきたのよ」
散りゆく桜は美しい。見納めと言ったのも間違いではないかしら、と思った。
「もうすぐやったね」
「ええ」
私ももう大人になる。親に告げられた許婚と、最近また顔を合わせた。桜の様に、私も身じまいの時が近づいていた。
「散ってしまうのは惜しいなあ」
「落花の風情とも言いますやないの」
目の前をひらひらと桃色の花弁が舞い落ちていく。
「君への僕の想いも、散ってしまうやろか」
「散ってしまった方がいいわ」
「花が落ちたら、水も流れてくれればいいのに」
「…口が上手やねえ。軽薄なのよ、貴方は」
「つれないなあ」
へらり、と笑う彼の声は低くて綺麗だ。

桜は刹那を生きるから綺麗なのだろう。散るからこそ終わりがあるからこそ美しい。では、私は…?
「また来年も、一緒に見られるやろか」
「さあ…」
きっと難しいだろう。口には出せなかった。

春のやわらかな風がただ二人の間を吹き抜けては、桜の花をまた散らしていった。

4/4/2025, 3:45:03 PM