あめ

Open App


誰もがみんな、自分の生活の一部始終を記録・再生できる時代がやってきた。


自分の体験、記憶を脳みそから直接アウトプットし、正確にヴァーチャル追体験させるサービスが開始されたのだ。


意識が認識しなかったあれこれも、出力をあげて見ることが出来るので、その時感じられなかった、音、匂い、温度、湿度、風、空気の振動も、再構成されて追体験できる。


そのサービスは人気を博し、利用者は世界中に広がった。しかし恐ろしいことに、使った人々が次々に自殺する事態に発展した。


記憶を再確認し、自分の思っていた出来事と事実との違いに、激しいショックを受ける人が続出したのだ。


「あの時、断崖で足を踏み外した息子は息も絶え絶えに小さく助けを求めたのに、それを聞き漏らした私は彼を殺してしまった」

「暗闇で私を襲った見知らぬ男のかすかな声を拡大してみたら、それは実の父親のものだった」

「赤ちゃんを渡した笑顔の素敵なベビーシッターは、連続殺人の指名手配犯と同じ顔をしていた」

「あんなに私に愛をくれた夫、私が別室にいる間の彼の声を拡大してみると、私を保険金殺害する相談の電話を他の女としていた」



人はみな、正確な情報だけでは生きていないし、自分の見たこと、聞いたこと、感じたことの正確性を疑えない。


思いもよらず辛いことが発覚したり、もしくは辛いことの原因が自分にあったと知ってしまった時、暗い穴がぽっかりと口を開けて待っていたことに人は突然気づく。


誰もがみんな、踏み外す深淵をすぐ足元にいつも従えている。



さあ、見てみて。
あなたの深淵は、どんなふうにあなたを待っている?








______________________________





【56】誰もがみんな




2/10/2024, 1:52:56 PM