手放す勇気
丸みを帯びた頬に手を添え、顔を寄せる。鼻先が触れ合うほどの距離。
目を閉じてキスを待つ先輩は可愛い。正直焦らしたくなるけど、それをすると先輩は素直に応じてくれなくなるから大人しく唇を合わせる。
何度目のキスかなんて覚えていない。どうせこれからも何度だってするのだから。
しばらくして先輩の手がやんわりとオレの胸を押し唇が離れる。
キスをしたあとだというのに顔を合わせた先輩はどこか悲しげな表情を浮かべていた。
「……別れよう」
驚きはしなかった。なんとなくそう言われる気がしていたから。
それにしても今言う?
きっとさっきのキスは最後の思い出とか思ってんだろうけど、眉を寄せずにはいられなかった。
「なんで別れたいの?先輩まだオレのこと好きじゃん」
先輩がオレを嫌いになったとか、他に好きな人ができたとか、そんな理由で別れを告げたわけじゃないのはわかっていた。
「もうすぐ卒業だから?」
言うと同時に先輩は目を揺らしてグッと唇を噛んだ。
そんなに強く噛んだら切れちゃうでしょ。そう言って手を伸ばしたくなるけど、今手を伸ばせば流されてしまう気がして堪える。
「……そうだよ。卒業したらきっと今までみたいにはいかないから」
ほら、やっぱり。予想通りすぎて思わずため息がこぼれる。
「あのさぁ、そりゃ今まで通りとはいかないだろうけど、卒業したからってオレも先輩もいなくなるわけじゃない。会いたかったら会えばいいし、話したかったら連絡すればいい。それだけのことじゃん」
先輩は卒業したらこの関係が希薄になると決めつけている。
どうせ終わるのなら早いうちに、なんて勝手に幕を下ろそうとして。
「先輩は卒業と同時にオレらの関係も終わりって考えてるのかもしんないけど、オレ別れる気ないから」
「……でも離れてみたら考えも変わるかもしれない」
「オレそんな軽いやつだと思われてんの?」
「……そういうわけじゃなくて」
「じゃあなんで?なんでそんなに別れたがるの?」
声が少しだけ強くなる。だって意味がわからない。
「好きだから別れない。それでいいじゃん」
「でも……」
先輩が最初からこの関係に終わりを見据えていたことも、いつかは終わるものだと決めつけて距離を取っていたことも、全部わかっていた。
先輩は臆病だから先回りして勝手に終わらせようとする。
面倒くさい人だ。でもそんなとこも含めて可愛いと思ってしまったのだから仕方ない。
オレは黙ったまま俯き続けている先輩をギュッと抱き寄せた。
「そんな泣きそうになるくらいなら別れようなんて言わないで隣にいてよ。オレは先輩のことが好きなんだからさ」
手放す勇気なんかより諦めない勇気を持ってよ。
5/17/2025, 8:48:43 AM