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お題:世界に一つだけ

「昨日さぁ、学校の近くで会ったじゃん?」という言葉が始まりだった。
「そのときさぁ…」と続く言葉を私は遮る。
昨日は家から一歩も出ていないのだ。それを友人に告げると、彼女は首を傾げて笑った。
「えー、生き霊?」

いわゆるドッペルゲンガーなのだろうか。
クラスメイトたちが時折、もうひとりの私について報告してくるようになった。いつの間にか話が広がっていたらしい。

「映画館でポップコーン買ってたよね。あれは本物?」
「軽音部の発表見に来てくれてありがと!え、行ってない?」
「昨日ゲーセンにいた。一緒に音ゲーやった」

次第に、もうひとりの私のことを「2号」だとか「分身ちゃん」などと呼び始めた。ただ、その呼び名は可哀想だから名前を決めることにしたらしい。私が「一花(いちか)」だから「二花(ふつか)」だそう。元々は怪談として盛り上がっていたのに、今では双子の片割れ扱いだ。

彼女のことは不気味な存在だと思っていた。だが、話を聞く限り悪い奴ではなさそうだし、私よりずいぶん社交的みたいだし。「もうひとりの私」から「私と瓜二つな二花さん」と認識を変えるようになった。

それから特に何事もなく私は日常を過ごし、高校を卒業する日が近づいていった。

卒業式の朝、勉強机の上に手紙が置いてあった。
『一花ちゃんへ』と書かれた紙を裏返すと、私と似た字体で文章が綴られていた。

いわく、彼女は私の存在を乗っ取るつもりだったらしい。しかし、第三者に認知され、果てに名前も付けられてしまった。私とは完全に別の存在だと認識された為、不可能になったのだとか。

『実は、一花ちゃんのお金を勝手に使ってました。2万円くらい』

貯金がなかなか増えないと思っていたのだ。そういえば、映画館やゲーセンと、かなりお金を使うとこ行ってたな。あいつ。

最後の『私の存在を認めてくれたお陰だよ。楽しい思い出をありがとう。二花より』を読んで、2万円のことは水に流してやろうと思った。

『あなたという存在は世界に一つだけ』

似たフレーズは何回も聞いた。容姿、性格、考え方などが自分と完全に一致している人なんてほかにいない。その事実をポジティブな意味で使用した言葉だ。
私はこれを耳にする度、なんとなく二花さんのことを思い出す。そして、このフレーズに「その通りだな」と思う。

二花さんでさえ私と全く違う存在なのだから。

9/10/2023, 5:26:28 AM