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一年後

桃色の花の簪が手で遊びながら、しゃらりと音を出した。
つい先日出会った審神者見習い。事故(彼女がいた本丸の審神者の悪戯)に巻き込まれ、押し入れからこの本丸に迷い込んだと聞いた。彼女の持つ艶やかな黒髪に、簪はよく映えるだろう。そう思ったら、いつの間にか手に取ってしまっていた。眺めるだけのつもりだったのに、気づいたら店主に声をかけていた。
今頃彼女は審神者見習いとして修行に励んでいるだろうか。帰る間際に体力をかなり消耗していたし、手には傷を負っているから、あまり無理はしないでほしい。そんな願いなど届くことなく、彼女は休む暇なく真っ直ぐに突き進んでいることだろう。
次に会えるのはいつだろうか。主に任せるしかないのだが、次を考えるだけで胸の奥がそわりとして落ち着かなくなる。
一年後には会えるだろうか。その時にこの簪も渡せるだろうかと考えて、一度目を閉じた。
贈り物に簪は、コンプライアンスに引っかからないだろうか。
あくまで個人的なものなのだが、そこを強調するのも悪手な気がしてくる。引かれてしまう可能性もある。彼女の黒髪に似合いそうで、贈りたくなってしまったのが正直な理由だが、簪というものは贈り物になると意味を持つものになってしまいかねない。
そんなつもりはないのだ。今回に関しては。
強かさに、弱さに、真っ直ぐさに惹かれたのは事実だ。だが知っているのは互いにごく僅かで、恋だの愛だの語れるほどのものはないのだ。そう主に訴えたけれど、返ってきたのは「でも好きなんでしょ?」だった。愕然とした。その通りだった。結局彼女を慕っているのだ。「一目惚れという言葉もあるよ」と重ねられて撃沈した。会いたいと思ってしまうのも、時間をともにして彼女のことを知りたいと思うのも、あわよくば自分のことも知ってほしいと思うのも、恋慕っているからだ。
自分は、彼女に、恋をしてしまっている。
自覚があるからこそ、簪を贈ることに躊躇してしまう。そんなつもりはないと口では言えるが、周りは自分が否定すればするほど、簪に意味を見出すだろう。
せめてこの想いが膨らむ前に会えればいいのだが。
しゃらりと簪を日にかざして、審神者になっているだろう一年後の彼女を思う。

5/13/2026, 2:18:38 PM