「あ、あのっ!」
リビングのソファに腰かけている彼女の前に俺は正座をする。
神妙な雰囲気につられてか、彼女も背筋を正した。
「え、なに、急に。どしたの?」
「俺、い、いや。私……、でもないな? その、……んんっ」
咳払いして仕切り直したあと、俺は思いきり額をカーペットの上に押しつけた。
「僕と一緒にお揃いのスニーカー履いてシーに行ってくれませんか?」
「……」
彼女は数拍分、俺の言葉を熟考させたあと、特大のため息を吐き出す。
「いいけど、その土下座とテンションは告白とかプロポーズのためにとっとけよ」
静かにこぼした彼女の言葉に、俺は顔を上げた。
「俺はあなたの彼氏です」
「おん?」
「結婚もします」
「おおん?」
「なのでそこは断られる予定はないので大丈夫です。これまで通り数と勢いでなし崩してみせます」
「おい待て。ふざけるな」
「ですがっ!」
「聞けよ」
咎める彼女にかまうことなく、俺は正座をしたまま、握りこぶしを作って彼女に力説する。
「あなたにとって、キャラ耳のついたカチューシャとかつけてお揃いのスニーカーで浮かれて歩き回るとか、男女交際のなかでもハードルが高いことではないのかなと思いまして。平気ならよかったです。安心しました」
俺が肩を撫で下ろした途端、彼女は声を荒げて慌て始める。
「待て待て待て。平気なわけあるかっ! カチューシャは聞いてない」
「あなたのカチューシャとチュロスは譲れません」
「いや、知らん。勝手に決めるな」
「なんでそんなひどいこと言うんですか」
「ちょっとは己の言動振り返れよ。さっきっからクソなのはそっちだからな!?」
ちょっと照れている彼女はかわいいが、このままでは照れギレしてお出かけがキャンセルになってしまいそうだ。
「……ふむ」
カチューシャの説得は後回しにして、俺は一度リビングを出る。
玄関先に置いていた、お揃いのスニーカーが入った袋を彼女の目の前に差し出した。
「ちなみにスニーカーはこちらです」
「…………同意を得る意味よ……」
天井を仰いだ彼女はソファの背にもたれかかった。
目がくらむほど喜んでくれるとは意外で、上機嫌になった俺はスニーカーの入った箱を開けていく。
「普段使いできるように、いつも走り込みしている靴と同じデザインの物を用意したんです。色だけかわいくピンクにしました」
「ん? え? ピンクなの?」
目を丸くした彼女は真新しいスニーカーをまじまじと見つめた。
「ラベンダーとスカイブルーの3色で大変迷いました」
彼女が愛用しているスニーカーは意外にもカラーバリエーションが豊富で、色選びにはかなり長考した。
「は? いや、だってお揃いって言うから……、てっきり黒とか茶色とか。あ、色違いってこと?」
「なに言ってるんですか。そんなことしたらお揃いじゃなくなっちゃうじゃないですか。当然、俺もピンクです」
同じデザインと同じ色なのに、サイズがデカいだけでかわいさが失われた気がするが、紛れもなく彼女に用意した物と同じスニーカーだ。
「マジか」
あの3色では、俺に合うサイズがピンクしかなかった。
消去法で選んでしまったのは不本意ではあるが、これで彼女とお揃いのスニーカーを履くことができる。
「ってことで、明日どうですか?」
「明日ぁ!?」
平日ということもありチケットもあっさり取れた。
せっかくなら早いほうがいいと思ったが、都合が悪いのだろうか。
「明日お休みでしたよね? もう予定入れてしまいましたか?」
「いや、明日は平気だけど。明後日は午前中から練習がある、はず」
いそいそと携帯電話でスケジュールを確認する彼女に、俺はうなずいた。
彼女のスケジュールは向こう1年分把握している。
「ええ、もちろん。暗くなる前に自宅まで送り届けます」
「え? パレードとかはいいの?」
「あなたが見たいと言うのであれば、もちろんつき合いますよ?」
ライトアップされた夜景を背景にする彼女はもちろん魅力的だが、当の本人は暗いところを苦手としている。
パレードを見るならきちんと宿泊施設も予約して夜間の移動を最低限に抑えたうえで、気兼ねなく楽しんでほしかった。
しかし、俺たちはつき合い始めてまだ1年も満たない。
泊まりがけでのデートを、身持ちの固い彼女は許さないはずだ。
「ですが人も多いでしょうし、スニーカーとはいえ履き慣れない靴で長時間連れ回すことは、俺としては気が引けますね」
できるだけ彼女の弱い部分には触れずに、明るいうちに帰宅するつもりであることを伝える。
「それでいいの?」
「もちろん」
おずおずと見上げる彼女はホッとしながらも、どこか納得のいかない様子だ。
俺にだって下心は当たり前にあるが、彼女の弱い部分を引き合いにしようとは思わない。
とはいえ、せっかく交渉できそうな材料をもらったのだ。
ほんの少し、彼女の罪悪感を利用させてもらう。
「俺的にはカチューシャのほうが外せませんから」
「んぐっ」
頭を抱えて悶々とするが彼女にとって「行かない」という選択肢はなさそうだった。
どうなし崩して言いくるめてやろうか考えていると、彼女はぺしょぺしょと声を萎ませる。
「うぅぅ。だからってひとり浮かれたアレはいくらなんでも恥ずかしすぎる」
「……」
ん? ひとり?
彼女はひとりでなければ問題ないのだろうか。
俺はダメ元でひとつ、提案してみることにした。
「俺もカチューシャつけましょうか?」
「!?」
目を輝かせた彼女が、ガシッと俺の手を両手で握った。
どうやら交渉は成立したようである。
『僕と一緒に』
9/23/2025, 11:44:55 PM